ポール・クルーグマン「欧州は債務よりも不況の方をもっとずっと心配すべき」

Paul Krugman, “Europe Should Fear Depression More Than Debt,” Krugman & Co., September 5, 2014.
[“Scylla, Charybdis, and the Euro,” The Conscience of a Liberal, August 30, 2014; “Austerity and the Hapless Left,” The Conscience of a Liberal, August 29, 2014.]


欧州は債務よりも不況の方をもっとずっと心配すべき

by ポール・クルーグマン

The New York Times Syndicate
/The New York Times Syndicate

このところ,ユーロの命運について,尊敬する人たち数名と話してる.ぼくには,ここでカギとなる重要問題にはいくつかのリスクのバランスが関わってるように思える.

これを,スキュラとカリュブディスの神話になぞらえてみよう.

一方には,欧州経済が債務危機にぶちあたるハメになるリスクがある.もう一方には,欧州がデフレの渦に飲み込まれてしまう危険がある.

過去4年にわたって,欧州の政策は,この2つのリスクの一方だけに完全に支配されてきた:つまり,差し迫った債務破綻のリスクばかりが問題にされて,緊縮による問題はまったく心配されなかった――「信用の妖精さん」がどうにかしてくれるってな調子だった.

これよりもっと慎重で真剣な立場もある.その立場では,債務の問題を深刻なリスクだと考えつつ,デフレの渦はまだまだそんなに脅威ではないと考える.

みなさんお察しのとおり,僕の見解はこれとまるっきり異なる.欧州中央銀行に最後の貸し手としての仕事をする気があれば,債務の危機はこれまで描かれてきたほど差し迫ったものではなくなる――それに,ユーロ圏以外の国〔自国通貨がある国〕については,債務危機はそもそもまったく脅威じゃないって主張をぼくは続けてきた.

一方,デフレの渦については,ぼくは震え上がってる.欧州の死期はまだまだすごくゆっくりとしか迫ってきてはいないけれど,インフレ予想の錨はすっぽり抜けて実際のインフレ率は下落中,なけなしの景気回復は失速してしまってる.下方へのスパイラルが否定できなくなった頃には,これは不可逆になっているかもしれない.

ぼくが間違ってる可能性もあるかな?

もちろん.だけど,経済政策にはいつだってリスクのバランス取りが関わってる.ぼくの考えでは,財政危機よりも欧州の不況の方をもっとたくさん懸念すべきだ.

© The New York Times News Service


緊縮と残念左翼

先日のコラムでは,フランス大統領フランソワ・オランドにつらく当たってしまった.彼が見せた緊縮派に対して立ち上がる気迫の強さときたら,しめったティッシュ並みだったからね.だけど,残念なのはなにもオランド大統領ひとりじゃないってことは認めないといけない.欧州の左翼で,破壊的な政策に反対している主立った政治家がどこにいる? イギリス労働党なんて,デイヴィッド・キャメロン首相の政策の中核的な前提を批判する意欲がシュールなまでにとぼしい.他にもっとちゃんとやってる人はいる?

オバマ大統領が緊縮レトリックに同調してしまう意志を見せてしまうことには,誰だって不満を言える.ぼくもよく不満をこぼしてきた.何年にもわたって,オバマ大統領は予算をめぐる〔共和党との〕「大取引」を無駄に追求してしまった.他にも不満はいろいろある.それでも,オバマ政権は,「刺激策」って単語こそ使わないものの,実態として刺激策を優先してきたし,アメリカのリベラル全般を見ても,欧州の左派勢力と比べてもっと直球で金本位制支持の均衡財政の教義に反対してきた.

とくに経済学者たちは,いっそう強固な反対の論陣を張ってきた.もちろんイギリスには反緊縮の大きな声がある――経済学者のマーティン・ウルフ,ジョナサン・ポルト,サイモン・レン=ルイスといった面々は当然のこと,他にも反緊縮派がそろってる.ただ,論争において,彼らがもっている重みはラリー・サマーズやアラン・ブリンガーその他大勢ほどじゃないように見える.

なんでこんなちがいがあるんだろう?

正直なところ,よくわからない.仮説なら2つほどもってる.1つは,アメリカの知的生態系はもっと柔軟なように思えるってこと:アメリカでは,立派な研究能力の証明をもってるまっとうな経済学者が,同時に,一般向けに語る知識人として大勢の読者を得ているし,さらには,公職につくことだってある.また,こうした学者たちは,〔「痛みに耐えて財政赤字を減らさねばならない」と語る〕おマジメぶった連中への対抗勢力として,いくらかの重みをもってる.一例として元財務長官のサマーズ氏を考えてみるといい.他にも,連銀議長のジャネット・イェレン(それに,前任者のベン・バーナンキ)だっている.いくぶんちがったかたちではあるけど,かくいうワタクシめもそんな一人だ.欧州にも,こういう人がまったくいないわけじゃない――イングランド銀行の元総裁マーヴィン・キングは学者系の中央銀行家だったし,見方によっては欧州中央銀行総裁のマリオ・ドラギもそうだろう.だけど,アメリカにはそういう人たちがもっと大勢いる.

もう1つの仮説はこんなものだ.アメリカのリベラルは,右派の狂熱ぶりに鍛えられている.とくに,ブッシュ時代の経験でさんざん鍛えられてしまってる.おマジメぶった連中がブッシュを――あの根っこからすっとこどっこいな人物を――ほめそやし,虚偽の口実をもとにでっち上げられてるのが明白な戦争を応援するさまを目の当たりにしたおかげで,アメリカのリベラルは,「いいスーツに身を包んだ連中は自分が言ってることを自分でもわかっちゃいない」と信じる用意が欧州の社会民主主義者たちよりももっと整ってるんだ.そうそう,それから,アメリカには欧州よりもはるかに大きくて効果的な進歩系シンクタンクのネットワークもある.

とはいえ,ここで挙げてるのはたんなる仮説にすぎない.

欧州左翼の残念さは,ぼくもいまだによく理解できてないんだよ.

© The New York Times News Service


【バックストーリー】ここではクルーグマンのコラムが書かれた背景をショーン・トレイナー記者が説明する

欧州経済の沈滞

by ショーン・トレイナー

8月25日,進行中の緊縮政策を内閣大臣たち数名に批判されたあと,フランス大統領フランソワ・オランドが内閣を解散させた.

批判していた人物の1人がアルノー・モントブール経済長官で,彼は先日『ル・モンド』紙のインタビューでフランスをはじめとする欧州諸国に緊縮を強いているとドイツを攻撃し,これが論争の発火点となった.『ル・モンド』にモントブール氏はこう語っている――「最優先事項は,危機脱出でなければならない.赤字の大幅削減は二次的な問題であるべきだ.」

内閣改造では,教育相と文化相も辞職することとなった.両氏は,モントブール氏とともに,オランド政権の緊縮を批判する急先鋒だった.

彼らはすぐさま更迭され,後任にはオランド氏の中道的な仲間が据えられた.オランド氏はいまなおユーロ圏の緊縮目標を掲げている.ただ,オランド氏は,もっと時限を緩和した方がよいと考えているとも発言している.

今回の動きで,フランスでは今年に入ってから2回目の内閣改造となった.オランド氏の支持率はいまだに記録的な低さにとどまっている.多くのフランス人は,同国経済の低迷の責任でオランド氏を非難している.経済学者のなかには,この経済低迷は緊縮政策がもたらした縮小効果の結果だと考える人たちもいる.

一方,ドイツ経済は今年の第2四半期に予想外の縮小を見せた.いくつかの尺度で見て,欧州危機は大恐慌よりもさらに深刻なものとなっている.また,大陸諸国のインフレ率は,0.3 パーセントにすぎず,デフレがすぐそこまで迫っていることが伺える.

『ガーディアン』紙の評論家ジョン・パーマーは,先日,こうした新たな問題により,ドイツ政策に大転換が余儀なくされるかもしれないと予想を述べている.8月25日に,彼はこう述べている――「いま危険なのは次の点だ.もしユーロ圏が歴然としたデフレに陥れば,経済の流れを逆転させるのはいっそう困難になってしまう.」

© The New York Times News Service


Total
0
Shares
0 comments

コメントを残す

Related Posts