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W. ウォーカー・ハンロン「ヴェルナー・トレスケン著『自由の国と感染症――法制度が映すアメリカのイデオロギー』書評:ケンブリッジ大学出版」(2016年11月17日)

The Pox of Liberty: How the Constitution Left Americans Rich, Free, and Prone to Infection. By Werner Troesken. Chicago: The University of Chicago Press, 2015.
Published online by Cambridge University Press: 17 November 2016

〔訳者まえがき:本サイトで、ジョージ・メイソン大のマーク・コヤマ教授の論考を翻訳したことをきっかけに、その論考で取り上げられていたピッツバーグ大のヴェルナー・トレスケン教授の著作『自由の国と感染症――法制度が映すアメリカのイデオロギー(みすず書房)』が翻訳出版されることになりました。サイトの参加訳者の2人が翻訳を担当しています。邦訳版の出版に際して、関連した論考を複数投稿します。〕

ワクチン接種は法律で義務付けるべきだろうか? 検疫の決定はなぜ州知事によって行われているのだろうか? 連邦政府は、公衆衛生においてどのような役割を果たすべきなのだろう? これらは、現在の重要な問題であると同時に、独立以来、アメリカが一貫して抱えてきた問題でもある。これら問題の核心は、公衆衛生の改善に対して、国家はどのような場合に、どのような状況で介入できるかについての、合衆国憲法に基づいた一連の法的判断にある。

自由の国と感染症』でヴェルナー・トレスケンは、アメリカの歴史において、合衆国憲法が健康に与えた複雑な影響を解き明かそうと試みている。本書は、野心的な本であり、この分野の研究に有益な貢献をもたらしている。『自由の国と感染症』では、憲法と法制度が、公衆衛生にどのように影響を与えているかに焦点を当てることで、公衆衛生の歴史において軽視されてきた側面に光が当てられている。本書は、物語的なアプローチをとっているため、幅広い読者に親しみやすい内容となっているが、人口統計学者、歴史家、経済学者など、アメリカ史で公衆衛生に影響を与えた法的要因について理解を深めたいと考えている人にとって、特に興味深い内容になっていると思われる。

本書の中心的なメッセージの1つが、アメリカはヨーロッパ諸国と比較した時に「豊かで自由であるにも関わらず」不健康なのではなく、「豊かで自由であるが故に」不健康なのである、というものものだ(p.5)。言い換えれば、トレスケンは、アメリカに富をもたらし、個人の自由を促進した法律の多くが、感染症との戦いを困難にしたと主張しているのである。一方、場合によっては、経済的な成功には、健康を改善するフィードバック機能が備わっている。例えば、都市が水道システムへの投資するための必要な資金を供給する場合などだ。

1、2章は導入的な章となっている。ここでは、アメリカの公衆衛生の法的起源が、〔植民地〕初期のタウンシップ1 にまで遡って説明されている。続いての第3章では、公衆衛生の提供に影響を与えた、主要な法的問題が検討されている。この1~3章は、法制度はどのように公衆衛生に影響を与えるのかについて、あまり詳しくない人向に向けた有用な入門となっている。

本章の中核は3つの章で構成されており、それぞれの章で、主要な感染症が取り上げられている。第4章では、空気感染する致死的な病気、天然痘が取り上げられている。天然痘は、18世紀後半にワクチンが開発されたことで、公衆衛生による介入の是非が当然のような争点化した。トレスケンは、天然痘対策において法制度が果たした役割を例証するために、アメリカとドイツを比較している。ドイツでは統一後、中央集権化された権力によって天然痘の発生率が急速に抑え込まれている。一方これとは対照的に、アメリカでは、個人の自由を保護する法制度によって、一部の人はワクチン接種を拒否することができたため、天然痘対策の進捗が大幅に遅れている。おそらくもっとも興味深いのが、アメリカの植民地だったキューバやプエルトリコの事例である。これらの地域では、軍事的な統制によって、アメリカ政府は国内よりもはるかに効果的に天然痘対策を実施できている。このように、天然痘は、自由と個人の権利を尊重するアメリカの法制度が、公衆衛生対策の広範な提供をいかに妨げたかを如実に示している。

第5章では、19世紀のアメリカの諸都市で大流行した水系伝染病、腸チフスが取り上げられている。腸チフスに対処するには、上下水道の整備への多額の投資が必要とされていた。トレスケンが強調しているのが、腸チフスとの戦いにおいて、法制度がいかにブレークスルーの役割を果たしたかについてである。対策には〔借り入れによる〕投資が必要となっていたが、これは都市や州レベルで行われるため、分権化されたアメリカの政治制度は、腸チフスとの戦いに適していたのである。さらに、地方分権制度は、実験を可能にし、自治体間の競争をもたらした。トレスケンは、憲法の契約条項が、都市や州が上下水システムに投資するための借金を認める上で、重要な役割を果たしことも指摘している。また、アメリカの法制度は、経済成長を促すことで、こうした大規模な投資に必要な資金を提供するのに役立ったことも、指摘されている。このように、腸チフスは、天然痘と逆の事例となっており、アメリカのシステムは〔他の西欧諸国〕より効率的だった可能性が高い。

最後に黄熱病の事例が考察されている。黄熱病は、19世紀にアメリカ南部の公益都市を定期的に襲った蚊によって媒介される病気だ。この病気への一般的な対策として、症状が出た乗客や乗組員が搭乗していた船を隔離する処置が取られている。したがって、黄熱病の事例から、アメリカの法制度が検疫にどう有効であったかを知ることができる。この考察から得られる最初の結論は、アメリカの個々の州に権限を与える分権アプローチは、検疫の効果的な実施を困難に陥れたことだ。各州は、情報を共有したり、検疫政策を連係させられなかった。また、州によっては、経済的目的のために、検疫権限を利用して、他州の港から貿易の利益を誘導した証拠が明らかにされている。全体的に、この章は興味深いが、天然痘や腸チフスを扱った章ほど説得力がなく、焦点も絞られていない。

一連の章を総合的に検討すると、いくつかの教訓が浮かび上がってくる。教訓のほとんどが、個人の権利、私有財産、商取引の促進を重視したアメリカの分権的な制度は、アメリカを公衆衛生の提供では後進国にしてしまった可能性である。しかし、腸チフスの事例は、このパターンの重要な例外となっている。

公衆衛生の歴史に興味がある人、研究のアイデアを探している人、あるいは単に現代の健康に関する論争の法的起源について理解を深めたい人にとって、本書は有益な出発点となるだろう。比較的短いページ数で〔邦訳版は320ページ〕、読みやすく、アイデアに溢れている。示唆に富む一方で、提示された証拠の性質上、いかなる結論も暫定的なものとならざるを得ない本だ。したがって、『自由の国と感染症』は、こういったテーマに関する包括的な研究の出発点としての役割を果たすだろう。

W. ウォーカー・ハンロン教授は、ノースウェスタン大学で都市経済学、健康経済等を研究されています。本書評は、ケンブリッジ大学出版のホームページに公開された書評を、W. ウォーカー・ハンロン教授の許可に基づいて翻訳・公開しています。〕

  1. 訳注:アレクシス・ド・トクヴィルによって名付けられた、イギリスの植民地時代のアメリカの小さな共同の基礎単位 []

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