ピーター・ターチン「“コネチカットの狂った預言者”」(2020年11月12日)

“The Mad Prophet of Connecticut”
November 12, 2020 by Peter Turchin

グレーム・ウッドが、「クリオダイナミクス(歴史動力学)」と「私」と「今、我々が直面している不和の時代」についての“長い記事”〔訳注:日本での要約はここで読める〕を書いてくれた。グレームは、非常に知性あるジャーナリストであり、クリオダイナミクスと構造人口動態のメカニズムが、どのように国家を崩壊に至らせるのかについての彼の説明は、非常に優れたものだ。アトランティック誌は、徹底したファクトチェックを行っており(今日のオンラインメディアは、ファクトチェックに限られたリソースしか割いていないので、これは珍しい対応である)、グレームの記事内の、事実に基づいた論拠については、何の異論もない。

しかし、グレームは、ジャーナリストなので、雑誌の発行部数(ないし購読料)を上げるようなやり方での事実の提示が彼の仕事となっている。グレームの見解は、私の研究をいくつもの別のアングルから観たものとなっているが、そこで彼が記事に付け加えた「ひねり(偏った解釈)」に関しては、私は科学者なので同意できない。特に、私を「預言者」(もっと酷く「狂った預言者」)と描いたことは、ハッキリ否定したい。彼は(ありがたいことに)記事内では、この極端なキャラ付けは行っていないが、ツイッターではやらかしてくれた。

 

しかし、私は預言者ではないし、預言者だと主張したこともない。実際、私は予言を避けている理由について、ブログで具体的に書いてきている。そして、私は、他の「預言者達」への批判も記載している。私は科学者なので、理論を検証するためのツールとして科学的な予測を使用している。言い換えれば、どの理論が正しくて、どの理論が間違えているのかを発見するために、「予測」を道具として使用しているのだ(具体例についてはここを参照してほしい)。

また、私は「メガヒストリー」の書き手ではない。私がジャレド・ダイアモンドやユヴァル・ノア・ハラリの著作を楽しんでいるのは、彼らが仮説を検証可能なものとして提供し、興味深い概論を生み出しているからだ。しかし、ダイアモンドやハラリといった作家は、概論の提示でストップしている。私はそこから、彼らの口頭でのアイデアを引き継ぎ、動的モデルに翻訳し、さらにそれを定量的な予測として抽出し、歴史データで検証しているのだ。私は、自身でも「グランド・セオリー(壮大な理論)」を提唱しているが、主な仕事は理論を叩き潰すことにあり、理論を増やしてはいない。

もう一つの大きな問題は、グレームが私を「傲慢で嫌な奴」として描いていることだ。彼の記事を読んで、私はあちこちでドン引きしてしまった。たしかに、私は、歴史の推移を理論として検証するのに、理論を明示的なモデルに変換してから、大規模なデータセットを使用してモデルの予測性を検証する、かなり野心的なプログラムを提唱している。しかし、私は、自分をハリ・セルダンとは思っていない。実際、空想上の人物であるハリ・セルダンは、非線形力学や数学的カオス理論を理解できていないなかった(アシモフはカオス理論が発見される前に、小説を書いているからだ)。そして、クリオダイナミクスは歴史心理学ではない

それよりも、グレームの記事を読んだ読者が抱くであろう最悪の誤解は、私の歴史学についての見解だ。「降伏条件」ってマジなのか! グレームの良心は一体全体どうなっているのか? 歴史学や歴史家(そして考古学者や宗教学者)について私がどう考えているかなら、感謝と尊敬でしかない。私は、何度も「クリオダイナミクスには歴史学が必要だ」と書いてきた。10年前、我々のグループは、セシャト・プロジェクト [1] … Continue reading を立ち上げたが、このプロジェクトの成功は、専門家である歴史家や考古学者との協力に決定的に依存している。このセシャトの紹介文を読んで欲しい。私と私の学僚達が、歴史学について本当に考えていることが分かるはずだ。

このアトランティック誌の記事を読んだ歴史家は、当然のことながら激怒するだろう(ありがとう、グレーム)。しかし、私としては、歴史家の皆さんに、我々の目的とアプローチについて知ってもらうために、セシャト・プロジェクトについてもっと知って欲しい。我々は、歴史学を滅ぼす(あるいは「降伏」を強制して)はおらず、歴史学の繁栄を望んでいる。我々は、過去の社会の様々な側面についての知識を蓄積し続けるために、学術的な歴史家による専門知識の活用を必要としている。我々が分析に使用するためのデータは、データ変換される前にまず、歴史家と考古学者による複雑で曖昧な歴史的証拠の解釈に頼っている。過去の社会についての我々の知識は、多くのギャップと不確実性を抱え込んでいる――我々の分析結果は、思い込みだけでなく、知識の限界をも露呈しており、データは必然的に不確実性を反映してしまっているからだ。

歴史学はクリオダイナミクスが無くとも存在することができる(そして存在していた)が、クリオダイナミクスは歴史学が無ければ存在することはできない。そして、私が希望するのは、クリオダイナミクスが、過去の社会の研究を単なる学問的営為でないことを示し、歴史学に借りを返すことにある――とりわけ、現在の「不和の時代」にどのように至ったのか、そして荒れ狂う海を先に進むのに何ができるのかについての理解で役立つことによってだ。

References

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1 訳注:セシャト・プロジェクトは、ターチンが代表となって、全世界の学術機関を繋いで歴史の定量データを集めることを目的として学術プロジェクト。セシャトはエジプト神話に登場する知恵の女神の名前である。
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