ラルス・クリステンセン 「プーチンの儚い望み」(2014年3月19日)

●Lars Christensen, “Putin’s hopes for monetary miracles”(The Market Monetarist, March 19, 2014)


ロシアの大統領であるウラジミール・プーチンの口から何が語られるかに世間の大きな注目が集まっている昨今だ。とは言え、それも大抵は地政学的な問題絡みでであって、プーチンの経済観(とりわけ、金融政策観)に対して注目が寄せられることは滅多にない。・・・と些(いささ)か不満に思っていたら、ちょうどいいタイミングで金融政策に対するプーチンの興味深いコメントに出くわした。プーチンの経済に対する理解度――というよりも、理解不足――を測るのに格好の材料に。

ロイターが次のように報じている

ロシア大統領のウラジミール・プーチンは、財政・経済問題を担当する政府高官を前にして、今年度(2014年度)のGDPの成長率に関する今後の予測は到底受け入れられるものではないと不満を漏らした。

「GDP成長率のこれまでの実績にしてもこれからの予測にしても、満足できるものじゃないということは再度強調しておく」。ロシア中銀総裁のエリヴィラ・ナビウリナ、財務大臣のアントン・シルアノフ、経済政策担当の大統領補佐官を務めるアンドレイ・ベロウソフといった面々を前にして、プーチン大統領はそのように語った。

・・・(略)・・・ルーブル安も続いており――ドル/ルーブルレートは今年に入って10%以上も減価している――、そのことも一因となってロシア中銀がインフレ率を目標通りに5%に抑え込めるかどうかも怪しくなっている。

しかしながら、「インフレを許容可能な低い水準に抑える必要がある」とはプーチン大統領の言だ。

つまりは、プーチンは、高成長と低インフレを望んでいるわけだ。高成長に、低インフレ。最高じゃないか。高成長と低インフレが同時に実現したら、ロシアにとっても最高であることは間違いない。だが、問題がある。それは何かというと、ロシア中銀に高成長と低インフレを同時に実現させられるだけの力が備わっているのかどうかということだ。

AD-ASモデル(総需要・総供給モデル)を学んだことのある人なら誰もが知っているように、金融政策を通じてプーチンの望みを叶えることはできない。

高成長と低インフレを同時に実現する術は一つしかない。ポジティブなサプライショック(総供給ショック)に頼るしかない。しかしながら、中央銀行には――ロシア中銀であれ、その他の国々の中央銀行であれ――、一国のサプライサイド(供給側)の行方をコントロールする力は備わっていないのだ。

ロシア中銀のナビウリナ総裁は、ロシア経済全体の名目支出(総需要)であれば(金融政策を巧みに操ることで)思うままにコントロールすることができる。しかし、ロシア経済全体の供給能力に関してはそうはいかない。それに加えて、ナビウリナ総裁にとって――ひいては、ロシアにとって――は厄介なことに、ロシア経済はネガティブなサプライショック――それも、非常に強力なショック――に見舞われている最中ときている。ロシアによるクリミア併合と前後して大規模な資本流出が起きており、それが主たる原因となってネガティブなサプライショックがロシア経済を襲っているのだ。

ロシア経済を襲っているネガティブなサプライショックは、別々の――しかし、相互に関連する――要因が積み重なって起きている。一つひとつのネガティブなサプライショックが積み重なって、実に強烈なショックとなっているのだ。

ロシア経済を襲っているネガティブなサプライショックを構成する要因を一つずつ見ていくと、まずはじめに、資本流出がある。海外の投資家がロシアにお金を投資するのを嫌っていると同時に、海外からロシアへの直接投資(FDI)が「急ストップ」するに至っている。投資が落ち込む結果として資本蓄積のペースが鈍り、資本蓄積のペースが鈍る結果として生産性の伸びが鈍化することになる。 かくして、ロシア経済のサプライサイドにネガティブなショックが生じることになる。

軍事的な緊張が続き、地政学的なリスクが高まるのに伴って、ロバート・ヒッグス(Robert Higgs)が言うところの「レジーム不確実性」が高まっているというのが二つ目の要因だ。今後のロシアは内向きになって、貿易や資本取引への規制を強めるんじゃなかろうか? 今後のロシアでは政府がこれまで以上に大きな役割を果たすようになるんじゃなかろうか? それに伴って、規制だらけになって、汚職も蔓延(はびこ)るようになるんじゃなかろうか? そんな疑心暗鬼が生じて、投資――国内における実物投資および海外からロシアへの直接投資――が落ち込むことになるわけだ。

大規模な資本流出に伴ってルーブル安が進んでいるというのが三つ目の要因だ。ルーブル安が進むと、輸入品の価格が上昇することになる。輸入原材料の価格も上がるので、国内企業にとっては生産コストが上昇することになる。かくして、ロシア経済のサプライサイドにネガティブなショックが生じることになる。

どれもこれもネガティブなサプライショックというだけではなく、すぐには収まらずにしばらく続きそうな恒久的なショックという性質も備えている。さらには、ロシア中銀にとっては、ほとんど手の打ちようがないショックでもある。

ネガティブなサプライショックの影響を跡付けたのが以下の図だ。上述の3つの要因が積み重なる結果として、ロシア経済のAS曲線(総供給曲線)は、左方にシフトすることになる。すると、実質GDP成長率は y から y’ へと落ち込む一方で、インフレ率は p から p’ へと高まることになる。お医者さん――というか、プーチン大統領――が求めているのとは正反対の事態が招かれるわけだ。

ナビウリナ総裁は、プーチンの望み――高成長&低インフレ――をどちらも同時に叶えてやることはできない。どちらか一方を無視しなくてはいけない。低インフレを目指すか、高成長を目指す(実質GDP成長率の加速を後押しする)か、どちらか一方を選ぶしかない。しかしながら、ネガティブなサプライショックがすぐに収まらずにしばらく続くようであれば、金融政策を通じて高成長を目指すことは――金融政策が緩和された後にインフレ予想が上昇に転じないでいるうちは、一時的に実質GDP成長率が加速する可能性はあるものの――不可能だ。

ナビウリナ総裁に残されているのは、低インフレを目指す道のみだ。金融引き締めに訴えれば、低インフレを目指すことができる。というか、ナビウリナ総裁率いるロシア中銀は、既に金融引き締めに乗り出している。だが、一つ問題がある。金融引き締めには、実質GDP成長率の鈍化という犠牲――おそらくは、かなり大きな犠牲――が伴うのだ。

そのことは、上の図を使って示せる。金融政策が引き締められると――ロシア中銀は、過去1か月の間に、外国為替市場で200億ドル規模に上るドル売りルーブル買い介入を行うと同時に、政策金利を1.5%も引き上げている――、AD曲線(総需要曲線)は左方にシフトすることになる。すると、インフレ率は p’’ へと低下することになるが、実質GDP成長率は y’ から y’’へと一段と落ち込んでしまうことになる。

その実、ロシア経済の動向を追っているエコノミストの多くは、ロシア経済の実質GDP成長率の今後の予測値を下方修正している。私もそのうちの一人だ。ロシア経済はそう遠くないうちに景気後退入りして、前期比で測った実質GDP成長率がマイナスを記録する状態が数四半期は続くのではないか、というのが私なりの予測だ。

前財務大臣のアレクセイ・クドリンも私と同意見のようだ。数日前になるが、クドリンもまた、ロシア経済が2014年中に景気後退入りするのではないかと発言しているのだ。

実質GDP成長率が急速に鈍化する(場合によっては、マイナスを記録する)可能性が高いにもかかわらず、どうしてロシア中銀は金融引き締めに訴えているのだろうか? ロシア中銀だけではなく、世界中の新興国の中央銀行は、為替レートの減価(自国通貨安)を防ぐために、積極果敢な金融引き締めに訴える傾向にある。変動相場制を採用しているにもかかわらずだ。なんでそんなことをするのだろうか? 私がずっと疑問に思っていることの一つだ。

その疑問に対する私なりの答えもあるにはある。

国のトップであられる御方(おかた)――ロシアのプーチン大統領だとか、トルコのエルドアン大統領だとか――が自国通貨安を我が恥のようにお感じになるのではないか。そうなってはいけないから、何が何でも自国通貨安を防がなくてはいけない。

そのように考えて、金融引き締めに訴えているのではないかと思われるのだ。国のトップであられる御方からの強いプレッシャーを感じていることが背景にあるのではないかと思われるのだ。

今週に入ってEUと米国がロシアへの経済制裁に踏み切ったが、「フロート恐怖症」(fear-of-floating[1] 訳注;為替レートの変動(とりわけ、減価)を嫌って避けようとする、という意味。は、経済制裁よりもずっと大きな打撃をロシア経済に対して加えることになりそうだ。何ともパラドキシカルな話ではある。

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1 訳注;為替レートの変動(とりわけ、減価)を嫌って避けようとする、という意味。
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