アーニャ・マーティン「陽の当たる都市 | シドニーの住宅革命から学べること」(2021年2月8日)

世界中の都市部で家賃が高騰し続けるなか、その荒波を乗り越えたオーストラリアの都市がある。シドニーから、世界は何を学べるだろうか?
Image thumbnail: "Sydney" by Corey Leopold is licensed under CC BY 2.0.

コロナ禍がもたらした影響の一つに、世界中の都市における家賃の急落がある。借り手が都心部から一斉に抜け出し元Airbnbの物件が長期賃貸市場になだれ込んだためだ。これにより、借り手は歓喜し、家主はパニックに陥った。

オーストラリアのシドニーも例外ではなかった。しかし注目すべきは、シドニーの家賃と住宅価格はコロナ禍が襲うかなり前から下落し始めていたという点だ。週間家賃の中央値は、2015年のピーク時である550オーストラリアドル(約310ポンド/420米ドル)から、2019年12月までに7.3%という大幅な下落を見せた。住宅価格の中央値も、2017年12月の107万5,000オーストラリアドルから、わずか1年後には86万5,000オーストラリアドルへと下落した。対照的に、イギリスのロンドンでは20年近くに及ぶ破竹の勢いの成長を経て、2016年以降の価格はおおむね横ばいにとどまっている。シドニーで起きたことの原因はきわめてシンプルだ。「住宅を多く建てた」のである。しかし興味深いのは、「いかにして成し遂げたか」だ。

借り手や初めてのマイホーム購入を目指す人々にとって、住宅価格や家賃の下落は願ってもみないことだ。住宅を所有できる人が増えることを意味し、同じ予算でより質の高い住宅にステップアップしたり、希望する立地の近くに住んだりできるようになる。これは、低所得層を雇用の機会から遠ざけてきた「ジェントリフィケーション」の流れを逆転させるものだ。また、家主の側も物件を適切に管理し、手入れの行き届いた状態を保つことで借り手を引きつけざるを得なくなり、実体経済への自然な追い風となる。若年層の借り手から高齢層の家主への莫大な財の移転も逆転し始める。そして、過去1世紀で品質が向上しながら価格も下がった製品やサービスに、住宅も肩を並べることになるのだ。

一体何が起きたのか、そして世界中の他の都市はそれを再現できるのだろうか?

何が住宅価格を決めるのか

理解を深めるために、まずは住宅価格の決定要因を見てみよう。これらは大きく分けて「供給面」と「需要面」の2つに分類される。住宅の供給とは、単純に言えば既存・新築を問わず、ある時点で市場に出回っている住宅の総数のことだ。需要面は、世帯数や世帯規模、住宅に回せる所得、ローンの利用可能性やコスト、さらには投機的需要に至るまで、人々の「支払意思」と「支払能力」を合算したものだ。他の条件を一定とした場合、これらの変数のいずれかが変化すれば、需要増や供給減は価格上昇に繋がり、その逆もまた然りという形で住宅価格は変動する。

金利(世界的に歴史的低水準にある)、投機、人口増加、所得向上といった価格決定要因の一部は世界共通、少なくとも多くの都市で共通している。こうした要因の多くは、住宅ローンの借入コストを下げたり、他の投資と比較して賃貸収入の魅力を高めたり、住宅に費やす人口や資金を増やしたりすることで需要を底上げし、世界中の都市で住宅価格や家賃のインフレを加速させてきた。

ほとんどの主要都市において、こうした要因は硬直的な住宅供給(住宅ストック)と結びつき、賃貸・売買ともに価格の高騰(そして往々にして持続的な値上がり)をもたらしてきた。

シドニーもまた、金利の低下、人口の増加、そして住民の富裕化を経験していた。しかしシドニーが他と違っていたのは、「供給面」に目を向けた点だ。近年のシドニーでは、住宅ストックが固定されたまま放置されることはなかった。大シドニー圏(Greater Sydney Region)全体で、直近5会計年度の間に18万2,000戸近くの住宅が建設された。年平均にして3万6,000戸であり、平均2万戸未満だった2000〜2014年の期間から劇的な増加を見せている。これは人口1万人あたり毎年約70戸の建設に相当する。住宅価格のインフレに直面していることで有名な世界中の他の都市と比較しても、この数字は非常に大きい。比較対象として、10年平均と比べて新築が68%増と記録的な供給を見せた2019年のサンフランシスコでさえ、人口1万人あたり53戸にとどまっている。同年のロンドンは1万人あたり40戸ニューヨーク市に至ってはわずか29戸しか建設できなかった。

住宅問題を打開する都市計画とは

1990年代後半以降、ニューサウスウェールズ(NSW)州政府は住宅の供給不足が住宅のアフォーダビリティの悪化を招いていることを認識していた。そこで2015年、州政府は土地利用を主導し、地区および地域計画を策定するための独立機関「大シドニー圏委員会(Greater Sydney Commission)」を設立した。同委員会は、大シドニー圏内の各自治体に対し、従来よりも大幅に高い住宅建設目標を割り振った。

これらの目標設定は当時も今も物議を醸している。先進国のあらゆる都市と同様に、地元の開発反対運動は非常に強烈だ。「シドニー屈指の人気エリアに『住宅需要なんてない』」などという主張は笑止千万だが、それでも反対派の声は大きい。野党の政治家たちもこの政治的チャンスに飛びつき、「シドニーの特定地域が過剰開発で荒らされている」と煽った自治体側も強く反発した。

本来、最適なアプローチは、住宅価格が高い地域、より正確には「建設コストと販売価格の差額」が大きい地域により高い建設目標を割り当てることだったはずだ。その差額こそが、未充足の巨大な需要が存在すること〔つまり、その差額の大きさこそ、家を欲しくても買えない人々がどれだけいるか〕を示す決定的な指標だからだ。しかし実際には、住宅目標や「優先成長地域」は、比較的裕福でない地域に対して不釣合いに多く割り当てられた。たとえば、比較的貧しいパラマタ地区には、5年間で2万1,650戸という目標が与えられた。これは5年間で人口1万人あたり168戸という相当な数だ。一方で、オーストラリア屈指の超高級住宅街であるウラーラ、ウェイバリー、ランドウィックの3地区は、合わせてもわずか3,800戸(1万人あたり38戸)に過ぎなかった。これは供給制約に悩む都市全般で見られるパターンそのままだ。裕福な地域ほど住民が強力に組織化されており、新規開発をはね返す力を持っている(そしておそらく、自らの不動産価値を吊り上げ続けるための強烈な金銭的インセンティブがあるのだろう)。

これらの目標を実行に移すため、各自治体は地域計画を適宜更新することが求められ、最大の目標を課された「優先自治体」にはそのための追加資金が支給された。NSW州計画環境省は、自治体によるゾーニング変更申請の迅速化を支援するためのガイドラインを中央で作成し、一定の基準を満たせば即座に建築許可が出る「適合開発(complying development) [1]適合開発(Complying … Continue reading 」の対象を中高層住宅へ拡大し、未開発地(グリーンフィールド)を住宅地に転用する手続きも簡略化した。さらに、計画審査パネルから地方議員やデベロッパーを排除し、代わりに独立した専門家を任命することで、都市計画プロセスの「脱政治化」を図った。

実際驚くべきことに、これらはNSW州政府が住宅建設への制限を取り払い、より多くの建設許可を出すために行った数々の供給側施策のほんの一部に過ぎない。シドニーの住宅供給は、主として都市計画規制の緩和という改革によって大幅に改善された。この事例が物語っているのは、「政治的に困難な制度全体の抜本的改革」に意気込まなくとも、都市計画が抱える無数のハードルをひとつずつ段階的に取り除いていくだけで、十分に成果を上げられるということだ。

建設許可を増やせば解決するのか?

イギリスの都市計画をめぐる議論では、「デベロッパーは一度建設許可を取得してしまうと、急いで建てるインセンティブが薄いため、建設許可数を増やしても住宅不足は解決しない」という主張がよく聞かれる。デベロッパーは毎年限られた数の建設許可しか消費せず、できるだけ高値で売れるペースで新築住宅を〔市場へ〕少しずつ小出しにする、という理屈だ。したがって、建設許可をどれだけ寛容に出したところで住宅増には繋がらない、ということになる。シドニーは、この言説に対する明確な反証となっている。そもそもこの説は、他国の住宅市場にもイギリスと同様の「土地保有(ランド・バンキング) [2]土地保有(Land … Continue reading 」の問題があるかどうかも検証していない、きわめて視野の狭い(内輪の)議論であった。上図を見れば、建設にかかるタイムラグを考慮しても、「住宅建設許可数(Dwelling approvals)」と「純増住宅数(Net additional dwellings)」の間に極めて強い明確な相関関係があることがわかる。すなわち、建設を許可すれば、建設は増えるのだ。

上図はまた、追加された建設許可のすべてがそのまま住宅供給に結びついているわけではないことも示している。供給のピークは、建設許可のピークよりも約1万3,500戸低い。この観察結果は、「〔建設許可を出しても完成しないのだから〕都市計画が住宅供給の障害になっているわけではない」ことを証明するためにしばしば引き合いに出される。これに対する短い回答は、「そんなことは問題の本質ではない」だ。追加の建設許可が新築の増加をもたらす限り(実際にそうなっているように)、建設許可と開発の比率が1対1であるという論理的必要性はない。仮に追加の建設許可2件に対して1戸しか住宅が建てられなかったとしても、それは都市計画担当者が「やるべきことはやった」と満足する理由にはならず、単に建設許可の数を2倍にすべきだということを意味するに過ぎない。開発が頓挫する理由は、建設許可プロセスそのものの遅れによって引き起こされる資金調達の失敗を含め、いくらでもあるのだから。

「建てやすくする」から「買いやすくなる」

シドニーの経験は、都市計画の規制緩和が住宅供給の増加をもたらすことを証明している。しかし、住宅が増えることは「住宅のアフォーダビリティの改善」に繋がるのだろうか? 経済学者にとって、住宅を増やせば家賃が下がるというのは至極当然であり、ほとんどトートロジー〔言うまでもない自明の理〕のようなものだ。理論も実証データからも明白である。

しかし、世界中の住宅供給推進派グループは、次のような反論に日常的に直面している。
・「(自由市場の)高級物件の開発」は、実際には特定地域の価格を吊り上げる。
・市場で新しい住宅を開発しても、低価格帯の賃貸料は下がらない。
・新規開発によって価格が下がる可能性はあるとしても、価格を実質的に下げるほどの量を建てることは不可能である。

第一の主張は、原因と結果の単純な混同として簡単に退けることができる。価格が上昇するのは、供給が需要に追いついていないからだ。価格の上昇は最大の利益を得る機会となるため、デベロッパーはその場所に建てたがる。こうしたデベロッパーが住宅価格の高騰を引き起こしているわけではない。それは、サッカースタジアムにハンバーガー屋台が開店したからといって、空腹のサッカーファンが発生したわけではないのと同じだ。彼らは既存のニーズに応えているのであり、実のところその未充足のニーズを満たしているのである。営業ライセンス制度によってハンバーガー屋台の数を制限したところで、いずれにせよ空腹のサッカーファンが溢れかえることに変わりはない。

第二の主張が誤りであることは、シドニーの経験が証明している。新築住宅の大部分は都市計画上の定義で言う「公的支援つき住宅(Affordable Housing)」ではなかったものの、この新築ラッシュは市場の最安値帯における住居コストをも引き下げた。これは「フィルタリング(Filtering) [3] … Continue reading 」と呼ばれるメカニズムによるものだ。裕福な住民が、古くなった既存住宅から品質の高い新築へと住み替える(スワップアップする)。すると市場全体の流通物件数が増え、それまで高所得層に向けられていた需要が分散するため、結果的に安い物件の価格が押し下げられる。年間家賃2万オーストラリアドルの層と、10万オーストラリアドルを払える層が直接同じ物件を奪い合うことはない。しかし、2万ドル層は2万5,000ドル層と競合し、その2万5,000ドル層は3万ドル層と競合し……という形で、所得階層のトップまでこの影響は連鎖していく。新築物件の選択肢が増えると、古い物件の大家は家賃を下げるか、物件の手入れを良くしなければ借り手を確保できなくなる。実際にシドニーの借り手からは、家賃の下落に伴い、物件の管理や修繕といったサービス体制が改善し始めたという声も上がっている

最後の主張、すなわち「住宅価格を大幅に引き下げるほどの量を建てるのは現実的に不可能だ」という説は、反論するのがやや難しい。住居コストには多様な要因が絡むため、難解で高度な統計分析を使わずに単一の変数〔住宅供給量〕による影響だけを数値化するのは困難だからだ。また、建設許可を出してから実際に住宅が市場に供給されるまでのタイムラグも、検証を難しくしている。しかし、住宅価格のインフレを抑えることに成功した都市は世界中に存在する。例えば東京では、20年間にわたり価格がほぼ横ばいで推移した。ヒューストンでは大都市でありながら、平均住宅価格は全米平均のわずか5分の4にあたる19万米ドルに収まっている。そしてシドニーの経験が示しているのは、住宅供給の拡大が単にインフレを防ぐだけでなく、現実的に達成可能な供給増によって、比較的短期間のうちに価格上昇を「下落」へと逆転させられるという事実である。

住宅価格の下落を誰もが歓迎するわけではない

世界中の先進都市で家賃が高騰する潮流に対し、シドニーが見事に成果を上げたことを考えれば、地元の政策立案者たちが自画自賛して胸を張っていると思っても無理はない。しかし実際には、多くの自治体が〔州政府から課された〕より高い建設目標に反発し、目標の下方修正を要求した。オーストラリア屈指の富裕地域であるクーリンガイのジェニファー・アンダーソン市長は、特に熱心な批判者の一人だ。彼女は、NSW州政府が「目標は法的義務ではない」と認めたことを捉え、自治体の住宅戦略案を〔開発抑制の方向へ〕修正しようとした。クーリンガイに与えられた目標が、6〜10年間でわずか3,600戸、年間人口1万人あたり約20戸、パラマタの8分の1未満という極めて低いものであったことを考えると、この過剰な反発はとりわけ驚くべきものだ。

したがって、シドニーの経験は、十分に意欲のある地域政府や中央政府が反抗的な自治体を押し切って改革を推進できることを示している一方で、依然として地元の政治家からの見慣れたバックラッシュに抗わなければならないことも物語っている。人々が最も住みたがり、需要に基づく効率的な割り当てシステムであれば新築住宅が最優先されるはずのクーリンガイのような地域に、最初から低い目標しか与えられなかったこと自体、地域計画の策定段階に入る前からそうした政治的圧力が「予防的」に働いていた証拠である。

このことは、こうしたトップダウンの目標設定が長期的にどれほど持続可能かという疑問を投げかける。比較的貧しいパラマタで新しい開発を押し通すのは容易かもしれないが、最も住宅が求められている場所で家を建てることは、すでにそこに確立された影響力のある利害関係者の存在によって難易度が増す。イギリスでも最近、政府が新たな住宅目標を設定したものの、都市周辺の排他的な高級住宅街(エンクレイヴ)からの反発に遭い、すぐさま目標を〔他地域へと分散させて事実上減らしてしまう〕「再調整(リバランス)」を行った際に、これと同じ構図に直面した。もちろん、これは貧しい地域に高い目標を設定すべきではないと言っているわけではない。住宅供給の改善から最も恩恵を受けるのは、低所得層の人々なのだから。しかし、裕福な地域が「建設を行わないこと」を黙認することには、明らかに莫大な社会的コストが伴う。開発への反対者が強い政治的影響力を持つ地域において、このNIMBY [4]NIMBY(ニンビー):
「Not In My Back Yard(我が家の裏庭にはお断り)」というエゴイスティックな住民の反対運動
が世界中で存在し、未だに覆されていないという事実は、住宅建設の増加を提言する者たちにとって戦術的課題となっている。ロンドンYIMBY運動 [5]YIMBY (インビー):
「Yes In My Back Yard(我が家の裏庭に是非)」という住宅開発を歓迎する運動
が提案している、街頭ごとの住民投票によって「アップゾーニング(密度規制緩和)」を決めるアプローチ——それによって自分たちの地域の住宅建設を支援することで〔土地価値の上昇や売却益などの〕金銭的インセンティブを得られる仕組み——は、この障壁を打ち破る鍵となるかもしれない。

数年前のニュースを振り返ることも、住宅のアフォーダビリティに関心を持つ人々にとって興味深い示唆を与えてくれる。2016年の『シドニー・モーニング・ヘラルド』紙の記事は、「シドニーで過去最高の数の住宅が建てられたが、依然として価格は高すぎて手が出ない」と嘆いていた。コメンテーターたちはこぞって列をなし、「供給を増やしたところで何の有意義な便益も生まれていない」「アフォーダビリティ危機を解決することにはならない」と語った。言うまでもなく、コメンテーターたちの主張はその直後に起きた急速かつ大幅な家賃の下落によって速やかに誤りだと証明され、賃貸市場の手頃さには劇的な変化がもたらされた。彼らは当然、自身の見通しの甘さを大いに省みて反省の弁(Mea Culpa)を出したはずであり、世界中のコメンテーターもこの教訓をしかと胸に刻んだことだろう。

アーニャ・マーティン(Anya Martin)
住宅アフォーダビリティ推進団体「PricedOut」ディレクター。Twitter(現X)で彼女の最新情報(@AnyaMartin42)をフォローできる。

[Anya Martin, A place in the sun, Works in Progress, 2021/2/8.]

References

References
1 適合開発(Complying Development):
オーストラリア・ニューサウスウェールズ州における都市計画制度の一つ。あらかじめ定められた建築基準やガイドラインに完全に合致している開発計画であれば、通常の自治体による個別の審議・公聴会プロセスをスキップし、迅速に建築許可が得られるファストトラック(簡易・高速)手続きのこと。
2 土地保有(Land Banking):
デベロッパーや投資家が開発許可(建設許可)を取得しながらも、あえてすぐには着工せず、土地の価格がさらに上昇するのを待ったり供給量を調整して価格を維持したりするために土地を保持し続ける行為。
3 フィルタリング(Filtering):
高所得層向けの新築住宅が供給されることで、高所得世帯がそこへ移転し、彼らが以前住んでいた既存住宅(中古物件)が低価格帯市場へ流れて順番に低所得層に回っていくという、市場による住宅供給の連鎖(玉突き)メカニズムのこと。
4 NIMBY(ニンビー):
「Not In My Back Yard(我が家の裏庭にはお断り)」というエゴイスティックな住民の反対運動
5 YIMBY (インビー):
「Yes In My Back Yard(我が家の裏庭に是非)」という住宅開発を歓迎する運動
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