アレックス・タバロック 「再分配政策が支持されるのは、『同情』と『嫉妬』と『利己心』ゆえ」(2017年8月9日)

誰かしらが再分配政策を支持するのは、「公正さ」を重んじてというわけでなく、我々の祖先が生き抜いていく上で役に立ったがゆえに進化してきた「感情」に突き動かされるせい?
画像の出典:https://www.photo-ac.com/main/detail/22764175

誰かしらが再分配政策を支持するのは、どうしてなんだろう? 少人数で固まって(小規模の集団で)狩猟採集を行うのに役に立ったがゆえに進化してきた「感情」に突き動かされるためだというのがハイエクの答えだ――加えて、その「感情」は、狩猟採集社会とは比べ物にならないくらい大勢の人が関わり合う社会秩序(例:資本主義社会)を生み出す上で必要になるルールとそりが合わないという――。

ハイエクの仮説を支持する研究が登場した。スニザー(Daniel Sznycer)らの論文(計9名による共著論文)がそれだ。この論文では、聞き取り調査を通じて一人ひとりの「同情度」と「嫉妬度」が測られている。例えば、「同情度」を測るために、「誰かが悲しんでいるのを見ると苦しくなる」だとか「情にもろい人は苦手です」だとかという文章(計10の文章)が用意されている。「嫉妬度」を測るためには、「誰かがいとも簡単に成功している(手柄をあげている)のを見るとイライラして仕方がない」とかいう文章(計8つの文章)が用意されている。そして、それぞれの文章に対して「大いに反対」から「大いに同意」までの5段階の答えのいずれかを一人ひとりに選んでもらっている。さらには、富裕層への課税が強化されたら自分が得することになると思うかどうかについても問われている(「大いに損する(と思う)」から「大いに得する(と思う)」までの5段階の答えのいずれかを一人ひとりに選んでもらっている)。再分配政策を支持するかどうかに「利己心」(自己利益)が絡んでいるかを探るためだ。

興味深いことがある。「同情」にしても、「嫉妬」にしても、「利己心」にしても、我々の祖先が生き抜いていく上で役に立ったがゆえに進化してきたと理解し得る面があるのだ(この点について詳しくは、論文の本文ならびに参考文献を参照されたい)。

その一方で、「公正さ(公正性)」というのは、やや抽象的で定義するのが難しい。公正かどうかというのは、顔を突き合わせた関係においてではなく集団全体を見渡して判断が下されるものなので、「公正さを重んじる心」が進化してくる余地があるかとなると――我々の祖先が生き抜く上で役に立ったかというと――よくわからない。スニザーらの論文では、仮想の所得分布に関するいくつかの質問を通じて「分配の公正さ」を重んじる度合いが測られているだけでなく、「土地に関する法律は、万人に等しく(同じように)適用されるべきだ」とかいう文章への賛否を通じて「手続きの公正さ」を重んじる度合いも測られている。

聞き取り調査を通じて得られた指標(「同情度」、「嫉妬度」、「利己心」の強さ、「公正さ」を重んじる度合い)が説明変数で、「再分配政策への支持」や「慈善事業への寄付」が被説明変数だ。ちなみに、スニザーらの論文では、4つの国(アメリカ、インド、イギリス、イスラエル)から6000人ちょいを選んで聞き取り調査が行われている。

どういう結果が得られたかというと、

経済の歴史も違えば再分配政策の中身も違う4つの国のいずれでも、同様の結果が確認された。「同情」、「嫉妬」、「利己心」がそれぞれに「再分配政策への支持」と相関しているのである――同情度が高い人ほど、再分配政策を強く支持しがち/嫉妬度が高い人ほど、再分配政策を強く支持しがち/利己心が強い人ほど、再分配政策を強く支持しがち――。進化心理学的なアプローチと整合的な結果が得られているのだ。・・・(中略)・・・。「公正さ」の効果(公正さを重んじる度合いと「再分配政策への支持」との相関)はあやふやで、その効果の大きさも三つの感情/動因(「同情」、「嫉妬」、「利己心」)の効果のどれよりもずっと小さい。

おっかなくて悲しい結果も得られている。

アメリカ、インド、イギリスの3つの国で行われた聞き取り調査で、以下の二つのシナリオのどちらを選ぶかが問われた。①富裕層から貧困層への再分配を行うために、富裕層が稼ぐ所得に10%の税率を課して、結果的に貧民が1人当たり「X」ドルを受け取る。②富裕層から貧困層への再分配を行うために、富裕層が稼ぐ所得に50%の税率を課して、結果的に貧民が1人当たり「X/2」ドルを受け取る――貧民1人当たりの受け取り額が半額に減っているのは、50%という税率の高さのせいで富裕層が働く意欲を失うため(富裕層が稼ぐ所得総額が減るため)――。②のシナリオを選んだ人の割合はどのくらいだったろうか?

貧民が受け取る金額が少なくなったとしても富裕層により高い税率を課すシナリオを選んだのは、・・・(略)・・・回答者の14%~18%に上(のぼ)った。

聞き取り調査の答えに疑いの目を向けるのは簡単だ――語られる言葉よりも実際の行動を判断材料としてより重視したいというのは私もだ――。しかしながら、こういった類の聞き取り調査で引き出された答えというのは、多岐にわたる行動をうまく占えることが明らかになっているし、複数の答えが組み合わさることによって真の動機(本音)が浮き彫りになる可能性もある。実際の行動を測っているに等しくなるかもしれないのだ。その絡みで注目すべきことがある。「再分配政策への支持」と相関しているのは「同情」だけでなく「嫉妬」もだが、「慈善事業への寄付」と相関しているのは「同情」だけだというのだ [1] … Continue reading

(追記)ハイエクの著作がネットでほとんど利用できないというのは、何たることだろう。こんな状況が続くようだと、ハイエク研究にとってかなりの足枷(あしかせ)になるに違いない。


〔原文:“Support for Redistribution is Shaped by Compassion, Envy and Self Interest not Fairness”(Marginal Revolution, August 9, 2017)〕

References

References
1 訳注;同情度が高い人ほど、再分配政策を強く支持しがちだし、過去1年間に何らかの慈善事業に寄付をしている可能性も高い。その一方で、嫉妬度が高い人ほど、再分配政策を強く支持しがちだが、過去1年間に何らかの慈善事業に寄付をしている可能性が高いとは言えない、という意味。
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