このシリーズ記事の第1回では、オシポフ=ランチェスター(OL)モデルを紹介し、アメリカ南北戦争を例に、このモデルのアイデアを説明した。今回の第2回では、OLモデルを使って、ウクライナ戦争の予測を引き出してみよう。一般的な要点/注意事項を事前にいくつか挙げておきたい。
・私はどちらの側にも立っていないし、善悪については論じない
・戦争は悪だが、研究は必要である
・私が興味があるのは、予測であり、預言ではない
OLモデルは非常に単純であり、そこから得られる予測は、何が起こるかよりも、現実の予測からの乖離を教えてくれるものだ。〔OLモデルでの〕予測において、アメリカ南北戦争が直接的なアナロジーになると根拠付けているわけではない。例証として使用しただけだ。実際、前の記事のコメント欄で何人かが指摘したように、アメリカ南北戦争は、二乗法則のよい事例になっていない可能性がある(OLモデルの一般的なアプローチでは良い事例になっている)。もっと一般的化すれば、私が知っている範囲で、OLモデルを検証したいくつかの研究では、数的優位性と戦争優位性の間の乗数指数は2ではなく、1~2の間にあるという結論が導かれている。しかし、それはこのエントリの内容には影響しない。
OLモデルによるアプローチの中核は、それぞれの軍隊が敵に向けて打ち込む投射物が与える被害からの死傷率のダイナミクスをモデル化することにある。これによって、消耗戦をモデル化できる(通常、このモデルは単一の戦闘に適用されるが、私は戦争全体の推移をモデル化するために使用する)。ウクライナ紛争では、死傷率の80%以上が砲撃によるものであるため、第一近似値として、それぞれの陣営がどれだけの砲弾を投射したのかを知る必要がある。ロシア側が、ウクライナ側より多くの砲弾を消費していることは、全ての当事者の共通見解だ。具体的な数値としては、ウクライナ側は1日あたり約5,000発の砲弾を投射しているのに対して、ロシア側は20,000発程度だとされる。こうした数値は、主に152mm弾(ソ連/ロシア規格)または、155mm弾(NATO規格)の重砲の発射数からの平均値だ。例えば、ロシアの弾薬消費量は、1日当たり1万発から5万発、場合によってはそれ以上の幅がある。全体的な結論としては、砲兵戦におけるロシアの優位性は、およそ4:1となっているが、3:1や5:1、もしくは、2:1や10:1となっているかもしれない(私は、こうした比率を異なる情報源から見聞きしている)。
私が主に想定しているのは、敵に与える死傷率が、投射した砲弾数に比例するというものだ。自著『超社会性(Ultrasociety)』(p.157)では、矢の発射数と死傷者の割合を、10:1と仮定している。ウクライナ戦争では、死傷者1人当たりの砲弾数は、20~30発、あるいは40発となっているようだ(死傷者の定義を、戦死者とするか、負傷者を含めるかで違ってくる)。しかし、比例の一般的原理は、ここでも適用可能だ。よって、このモデルを用いれば、ウクライナの死傷者は、ロシアのおよそ4倍になると予測される(ただし、この数値範囲は、3~5倍、あるいは2~10倍となる可能性もある)。戦争中(終戦後)にそれぞれの陣営の使用した弾薬についての良質のデータが得られれば、この予測をより厳密にすることができるだろう。
この予測は非常に単純なモデルから得られており、現実はさまざまな要因に左右されるため、外れる可能性について留意してほしい(これは預言ではないことを忘れないでほしい)。そうした他の要因について考察してみよう。こうした他の要因の重要度によって、予測は大きく異なる可能性があることに注意してほしい。言い換えれば、異なる仮定から得られる代替予測が存在し、そうした代替予測のうち、どれがデータに最も一致するのかを見つけだすのが科学的手法なのだ。
・この予測では、どちらの側にも強い技術的な優位性がないと仮定している。どちらの側の銃/戦車/航空機が優れているかについてはさまざまな意見がある。戦後の評価は、この単純化した仮定が、どれだけ正確だったのかを教えてくれるだろう。
・スキル:戦争の本当の開始時点は2014年であるため、2022年2月までウクライナの砲兵は、ドネツィク(ドネツク)、ルハーンシク(ルガンスク)の〔ロシア〕民兵と8年間に渡って戦ってきたため、スキル面では優位に立っていた。しかし、紛争の長期化に伴って、ロシア側の砲兵の経験値が蓄積され、この優位性は喪失している。
・士気:この点については、相反する報告がある。さらに、消耗戦では、士気よりも機動戦闘のほうが重要となる。いずれにせよ、説得力のある論拠がないため、どちらの側にもプラス材料はないとする単純化した仮定に従う。
・防御/攻撃:両陣営が、防御・攻撃作戦を展開している。さらに、消耗戦では、攻撃・反撃によって保有領土が前後するため、攻撃側・守備側によって明確な差異は存在しない。
・砲撃戦が主な手段となっているが、死傷者は砲撃だけで生じているわけではない。空爆、誘導ミサイル、ドローンも重要である。これらを方程式に加えれば、予測がどのように変化するのかは未知数である。
・時間と空間の変動:スムーズな曲線を描く数学モデルとは異なり、実際の死傷率は紛争の激しさに応じて時間的に変動する。戦いが激しいと「戦闘」が生じ、戦闘の合間には死傷率が低い小康状態がある。空間もまた重要である。一方が局地的に数的優位に立てば、相対的な死傷率の優位をシフトさせられるかもしれない。
・兵站:OLモデルには空間要素は含まれていないが、砲撃を行うには、前線に弾薬を供給する必要がある。
・生産:これは紛争の長期的な経過に与える影響において、最も重要な要因であり、詳細な考察を必要としている(これについては次回以降の記事で言及する)。
・双方の戦争目標と、それを達成する決意:繰り返すが、これは非常に重要であり、このシリーズとは別の記事でまとめる予定だ。
要約すると、今回提示するのは、単純なモデル化と、そこから得られる分かりやすく具体的な予測である。そして、これが軌道から外れる可能性は大いに有り得る。今回の思考実験の目的は、終戦後に、この予測が実際の結果にどれだけ近似するかを見極めることだ。そしてより重要なのが、上で挙げた要因のうち、どれが戦争の帰結に大きな影響を与えるのかを見極めることにある。
次回の記事では、今回の戦争状況についての、(分かっている範囲の知見に基づいた)中間評価を行う。
〔訳注:シリーズ記事の「その1」、「その3」、「その4」、「その5」、「その6」〕
〔Peter Turchin, “War in Ukraine II: The Model” Cliodynamica, JULY 15, 2023〕