ダニ・ロドリック 「セシリー、『ルピー』について書かれている章は読み飛ばしちゃダメだよ」(2007年7月27日)

●Dani Rodrik, “No Cecily, do not omit the chapter on the rupee”(Dani Rodrik’s weblog, July 27, 2007)


オスカー・ワイルドの『The Importance of Being Earnest』(『まじめが肝心』)の中で、(家庭教師の)プリズム女史が(教え子の)セシリーに課題として経済学の本を読んでおくように言い渡す場面が出てくるが、セシリーには「ちょいとセンセーショナルすぎるから」という理由で、「ルピー」について書かれている章は読み飛ばしても構わないと申し添えられる。しかし、アルビンド・スブラマニアン(Arvind Subramanian)が執筆しているこちらのコラムによると、21世紀の今の時代に「ルピー」について書かれている章を読み飛ばすのは間違いのようだ。というのも、インドの通貨(ルピー)の歩みを辿れば、民主主義がいかにして適切な政策を産み落とすかをありありと知れるのだから。

多元的な社会では、異なる利益集団と異なる制度の相互作用(せめぎ合い)を通じて着地点が決まる。現代のインドを舞台とする「ルピー物語」には、それぞれに異なる(かつ、それなりにもっともな)目的を追い求める登場人物が出てくる。第一の登場人物は、インド準備銀行(RBI)だ。その目的は、金融政策の自律性(独立性)を保つことにある。第二の登場人物は、インド商工省だ。その目的は、輸出業者の利益を擁護することにある。第三の登場人物は、インド財務省だ。金融市場の効率性を高めるために金融統合――資本取引の自由化――を熱心に推し進める一方で、財政の健全性にも気を配っている。第四の登場人物は、首相の諮問に応じる経済諮問委員会(PMEAC)だ。大局的な観点に立って、それぞれの登場人物の利益を集約してバランスをとるのがその役目だ。

どんな展開が待っていたか? 「ルピー物語」は、三幕構成になっている。

第一幕の主役は、インド準備銀行(RBI)だ。国外からの借入(対外商業借入;ECB)をしやすくするために、資本取引の自由化が推し進められる中、のっぴきならない立場に追いやられてしまったインド準備銀行。資本流入に伴ってルピー高圧力が強まる一方で、国内でインフレが加速しかねない兆しがちらほらと。インフレに立ち向かうためにも、金融政策の自律性を手放すわけにはいかない。そこで、インド準備銀行(RBI)は、為替レートの変動を容認する決断を下した。すると、ルピーは瞬く間に10%も増価することに。

そんなにルピーが高くなると、輸出業者が打撃を受けるんじゃないかと予想されるかもしれない。まさしくその通りの結果となった。ルピー高で苦しむ輸出業者たちの間から、救いを求める大合唱が巻き起こったのだ。さらには、ルピー高に伴って、経済成長が減速する可能性を説く研究報告が続々と公表されることに。第二幕のはじまりだ。商工省が輸出業者を支援するために救済パッケージを打ち出したのだ。「関税の払い戻し」と「低利融資」を目玉とする救済パッケージの予算額は、合計で140億ルピーに上ることに。

救済パッケージが政府予算に及ぼす影響はそんなに大したことないが(140億ルピーというのは、対GDP比で0.1%に満たない程度)、財政規律の確保に熱心な財務省にとっては不快でならない。今回の件が前例となって、ルピーが増価するたびに救済策を打ち出さねばならなくなるかもしれないからだ。金融統合の推進と、財政規律の確保。財務省が掲げる二大目標だが、両者の間に潜む緊張関係に財務省も薄々気付いていることだろう。(金融統合が進むにつれて)資本の流入が加速すれば、①(ルピー高を防ぐために)為替介入に乗り出すか、②(ルピー高に伴う痛手を和らげるために)輸出業者の救済に乗り出さなければならない。出費(歳出)が膨らまざるを得ないのだ。さて、第三幕のはじまりだが、ここで登場するのが経済諮問委員会だ。ルピー高圧力をいくらか和らげるために、資本流入の勢いを緩めなくてはいけない。そこで、国外からの借入(ECB)に規制を課すべし・・・というのが経済諮問委員会による裁定だ。

経済諮問委員会による裁定は、注目に値する。というのも、財務省が取りまとめた報告書と際立った対照をなしているからだ。財務省が取りまとめた報告書では、これといった証拠も碌(ろく)に挙げずに、「とにかく資本取引の自由化を進めよ!」と頑(かたく)なに訴えられている。教条的な姿勢が貫かれているのだ。その一方で、経済諮問委員会による裁定は、過去数か月の経験を十分に踏まえた上での結論のように思える。インドの政治制度に、「経験から学ぶ」能力――あるいは、「行き過ぎから学ぶ」能力――が備わっている証拠だ。

模範だね。他の国の中央銀行や財務省のお偉方は、我が身を振り返りながらじっくり考えてみるといい。民主主義に悲観しているブロガーたちは、メモしておくといい。

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