ピーター・ターチン「人類の社会進化についてのアナーキスト的見解:デヴィッド・グレーバーさん、かなりヘンですよ」(2019年2月10日)

An Anarchist View of Human Social Evolution
February 10, 2019
by Peter Turchin

デヴィッド・グレーバーとデヴィッド・ウェングローは、最近New Humanist誌に「我々は都市居住者なのか? それとも狩猟採集民なのか? 最新の研究は、原始人間社会に関するお馴染みのお話は間違えていることを明らかにした――研究の帰結は深遠である」との長い論説を発表した。以下は、私の彼らの論文への批判的レビューだ。彼らのエッセイから、「大きな塊の文章」を引用してから、それに私がツッコミを加えるスタイルを採用している(通常私は、長々と引用しない。しかし私の見解がかなり批判的なので、パラフレーズではなくて、著者達自身の声をもって語らせることを選択した。)

グレーバーはアメリカ人の人類学者であり、アナーキストの活動家だ。私は『負債論』を含め、彼の著作を3冊読んでいる。ウェングローは、草創記エジプト史を専門にしている考古学者だ。ウェングローの著作では、“What Makes Civilization?(何が文明を作るのか?)”を含め、2冊を読んでいる。2人は、デヴィッド&デヴィッドとして「大衆インテリ」の地位を狙っている。もっとも、有名になるまでの道のりは遥か遠いのは疑いようもない。彼らの最新の論考がどんなものか見てみよう。

グレーバーらは、以下の一節からエッセイを始めている。

何世紀にもわたって、私達は社会的不平等の起源について単純なお話を自身に言い聞かせてきました。人類史において、ほとんどの期間、人は狩猟採集民として小さな平等主義の部族で暮らしていました。その後、農業が始まり、それに伴い私有財産権がもたらされました。続いて、都市が出現し、これは文明の出現に他なりません。文明は、多くの悪いもの(戦争、税金、官僚制度、家父長制、奴隷制)をもたらしました。しかしながら文明は、著述を可能とし、科学、哲学、その他多くの人間の偉大な営為をも産み出したのです。

ちょっと待て! 税金と官僚制度を「悪いもの」のリストに入れるのには反対だ。税金がなければ、我々は政府を持つことができないし、政府がなければ、政府が作り出す公共財を保有することもできないだろう。公共財は、適切に管理された社会(西ヨーロッパと北アメリカを含む)で、高い水準の生活を享受するのを実際に可能としているものだ。むろん、税金は、公共の福祉を高めることに使われず、別の非生産的なものや、明らかに有害な目的に使われる可能性はある。しかしこれは、「山火事で人が死ぬから、火は悪いものだ」と言うようなものだ。官僚制度も同じだ。我々は、官僚を憎むのを大好きだが、大規模な社会は、専任の行政官なしには機能しない。Seshatのデータを分析した我々の最近の論文からとなるが、以下のグラフを見て欲しい。

上記グラフによれば、政体人口が約20万人に達したら(数百万を超えた場合は確実に)、専任官僚を含む、高度な政府制度が必要となっている。数百万規模の社会は、専門の行政官がいなければ、端的に機能しない。無政府国家を試みた社会は、代償に崩壊しているのだ。なので、今日、あるいは歴史上(多くで)、無政府国家は確認されていない。

ここから得られる結論は、大部分の国民を幸福を維持し、高めるために進むべき道は、政府を廃止することではない。制度を発展させ、官僚を自己利益より、国民の利益のために働かせるようにすることだ。まあともかく、グレーバーらのエッセイの読み解きを進めよう。

このお話の大筋は、ほとんど皆が知っているでしょう。少なくとも18世紀の哲学者ジャン=ジャック・ルソーの時代から、私たちは人類史の全体像と道順をこのお話のように考え、形造ってきました。私達がこう考え形造ってきたことは重要です。なぜなら、こうして物語ることは、政体の可能性を私たちがどう感じているかをも定義しているのです。ほとんどの人は、文明は、文明故に不平等であり、不可避の悲劇を伴うものと認識しています。人によっては、過去のユートピアに戻ることを夢見ています。人によっては、「原始共産主義」に相当する産業を見つけることを夢見ています。全てを破壊し、狩猟採集民に先祖帰りする極端な事例を夢見る人すらいます。しかしながら、このお話の基本構造に異議を唱える人はいないのです。

この物語には根本的な問題があります。真実ではないのです。 … ジャレド・ダイモンド、フランシス・フクヤマ、イアン・モリスなど、人類史の「大きな疑問」について熟考している作家達は未だに、ルソーの問い「社会的不平等の起源とは何か?」を出発点として、「原初の無垢からなんらかの堕落が始まるもっと大きなお話」を自明視しています。

上記で、グレーバーとウェングローは古典的で非常に効果的だが、知的に不誠実なレトリックを用いている。彼らは、読者に藁人形を提示してから、藁人形とも似ても似つかないことを言っている書き手達を藁人形に仕立て上げて叩いているのだ。例えば、イアン・モリスは決してルソー主義者ではない。モリスの“War, What Is It Good for(戦争、それは有益だろうか?)”を読んでみてほしい。もっとも、私は、モリスの言っていること全てに賛成なわけではない(ブログの過去記事を参照)。 [1]訳注:日本語で読めるイアン・モリスの該当書籍の紹介としては、本サイトの参加訳者の一人でもあるデヴィット・ライス氏が要約を書いている 

彼らを実際に批判するのに、言及する前に、まずはいろいろ読んでみよう。段落をいくつか飛ばせば、彼らの主要主張に到達できる。

私たちはこのエッセイで2つの思索を達成するつもりです。まず最初に、この問題について確かな情報に基づいているとされている専門家の見解を、少し時間をかけて丹念に検討していきましょう。それによって、一見最も洗練されている当代の学者達が、1760年のフランスやスコットランドで確立された伝統的知見を再生産する羽目になっており、いい加減なお遊戯を行っていることを暴露したいのです。それから、私たちは、まったく異なる物語の最初の土台の起工を試みるつもりです。これは大部分が整地工事です。私たちが扱っている問題はあまりに巨大で、論点も非常に重要であるため、全ての関連事項を理解するには、何年もの研究と議論が必要となるでしょう。しかしながら、一つだけ主張したいことがあります。「原初の無垢からなんらかの堕落が始まるお話」を放棄することは、人間解放の夢の放棄を意味していません――誰しもが財産権を他者の隷属化に使わない社会、誰しもが自身の人生の意義について煩悶しない社会、夢の社会です。それどころか、ひとたび概念的な束縛を解き放ち、そこに実際にあるものを認識することを学べば、人類の歴史は、想像以上に多くの希望に満ちた瞬間を含む、はるかに興味深い場所となるのです。

さぁ、概念的な束縛を解き放って、著者たちの痴的な旅を辿ってみよう。

上記で言及したように引用において数段落を飛ばしたが、その飛ばした段落でも、グレーバーとウェングローは、まず藁人形を作ってから、ジャレド・ダイアモンドとフランシス・フクヤマを叩いている。彼らの批判のいくつかには、実際私も同意する――過去1万年間の複雑な社会の台頭に関する、従来と異なった私の見解は、2016年の私の本”Ultrasociety(超社会性)”を参照して欲しい。

無政府主義者だけでなく、現行体制に代わるなんらかの実現可能な代替体制があるかもしれないと考えたことがある人にっとても、〔フランシス・フクヤマやジャレド・ダイアモンドの歴史観は〕陰鬱な結論でしょう。しかしながら、驚くべきは、〔フクヤマやダイヤモンドらは〕独断的な口調にも関わらず、彼らの表明は、実際の科学的な証拠に基づいていないのです。「小規模な集団は特段に平等主義になりやすい」とか「大規模な集団には必ず王や大統領や官僚がいなければならない」と考える理由は存在しません。こういった考えは単なる偏見にすぎません。

フクヤマとダイアモンドの場合だと、少なくとも、彼らは関連分野での訓練を一切受けていないことに着目すべきでしょう(一人は政治学者で、もう一人は生理学における胆嚢の研究で博士号を取っています)。

アウチッ! たしかに胆嚢の専門家が人類社会の進化についていったい何を教えてくれるだろうか?? 冗談は置いておいて、ダイアモンドが1961年に依拠していた論文のテーマが、40年後の彼の考えの妥当性と何か関係があるのだろうか? ダイアモンドは、その長いキャリアのなかで、(例えば共同体の生態学等を含む)様々な分野に貢献してきた、幅広い思想家だ。ダイアモンドの考えには、議論の余地があるかもしれない(私は彼の提唱の全てに同意しているわけではない)が、彼の考えは影響力があり、生産的であってきており――新しい実証・理論的研究を導いている。

今にいたるも、人類学者や考古学者が「大きな絵図」の物語に挑戦した場合、ルソーの劣化コピー版に終わってしまう奇妙な風潮があります。ケント・フラナリー&ジョイス・マーカスの”The Creation of Inequality: How our Prehistoric Ancestors Set the Stage for Monarchy, Slavery, and Empire(不平等の創造:先史時代の祖先はいかにして君主制、奴隷制、帝国の舞台を整えたのか)“(Harvard University Press, 2012)では、著者である2人の極めて優秀な学者が、民族誌・考古学的事例を約500ページに渡って並べ、パルズを解こうとしています。

ここで、デヴィッド達は良い点を突いている。フラナリーとマーカスがルソーを無意味に持ち出したことは、私も彼らの本をTimes Literary Supplement誌で書評した時に、厳しく非難したことがある(私の書評は残念ながら有料課金しないと読めないが、ここに査読前原稿がある)。

いくつかのパラグラフの経て、やっとのことでグレーバーとウェングローは、人類史の経過路について、オルタナティブな見解の提示を行っている。

すると、この期の人類史について、現時点では何が分かっているのでしょう? 旧石器時代の人類の社会進化に関する最初期の実質的証拠の多くは、ヨーロッパで発見されています。この当時ヨーロッパでは、私たち人類がネアンデルタール人と一緒に定住していました。ネアンデルタール人が全滅する紀元前4万年前後の時期です。(世界でヨーロッパだけにデータが集中しているのは、ヨーロッパになんらかの特異性があったというより、考古学調査の歴史的バイアスを反映している可能性が高いでしょう。) … 先史時代の研究者達は、このような環境に生息する人間集団は、私達が想像してきた至福に満ちた素朴で平等主義の狩猟採集の小集団とは、何の共通点もなかったことを何十年にもわたって指摘してきました(ほとんど目に見えた影響を与えていませんが…)。

まず第一に、氷河期の奥深くまで時代を遡っても、贅沢な埋葬が行われていたことは疑いようもない事実です。そういった埋葬物の中には、モスクワの東部ソンギルで発見された2万5000年前の墳墓のように、何十年も前から知られている有名なものもあります。ウォール・ストリート・ジャーナル紙で、”The Creation of Inequality(不平等の創造)”の書評を書いたフェリペ・フェルナンデス=アルメストは、書籍でこういった陵墓が見落とされていることに妥当な驚きを表明しています。「フラナリーとマーカスは、世襲原理が農業に先行したことを知っているにも関わらず、定住生活から世襲原理が始まったというルソーの幻想を完全に払拭することができていない。それ故に、フラナリーとマーカスは、結論ありきで最も重要な考古学的遺跡の一つを無視してしまっており、紀元前1万5000年頃まで世襲権力が存在しない世界を描いてしまっているのだ」と。スンギルの旧石器時代の集落下の永久凍土中には墳墓があり、中年男性が埋葬されていました。フェルナンデス=アルメストがこの中年男性について次のように述べています。「見事なまでに素晴らしい名誉の象徴の数々だ:磨かれたマンモスの象牙のブレスレット、狐の歯でできた帯状の髪飾りか縁無し帽、300個近い苦労して掘られ磨かれた象牙のビーズ」。そして、同じ墳墓内には中年男性から数フィート離れて「2人の子供(それぞれおよそ10歳と13歳)が安置されており、中年男性と同等の埋葬品を身に纏っていた。老人も埋葬されており、大人と同じ種類(だがわずかな小さな)約5000個のビースと象牙製の掘られた巨大な槍と安置されていた」。

たしかに、これは驚くべき富の陳列だ。オルガ・ソファーは“The Upper Paleolithic of the Central Russian Plain(中央ロシア平原の後期旧石器時代)”(p.456)で、〔スンギルの墳墓内の埋葬品は〕ビーズだけでも人間の労働単位で25000時間以上に相当すると推定している。もっとも、これは単なる1つの付与データに過ぎず、これを元に多くの理論を裏付けが可能となっている。さらに、一緒に埋葬されていた子供達の役割が何なのかも全く分かっていないのだ。子供らは「王子」だったのだろうか? それとも、一部の考古学者が示差したように「生贄」だったのだろうか?

画像引用元

このような〔世襲原理が農業に先行していた〕発見は、過去に熟慮されてきたどんな書物の中でも、重要な位置を占めていないように思われます。スンギルが単独で発見されていたなら、これを軽視し、ささいな事柄に貶め、無視するのが、非常に容易になっていたかもしれません。しかしこのような発見は、スンギル単独ではないのです。ドン川からドルドーニュ川にかけてのユーラシア大陸西部の広大な領域に渡って、後期旧石器時代の岩窟居住地や、屋外の集落等のスンギルと同じ水準の豪華な埋葬の発見によって、今や裏付けられているのです。それら発見の中だと、例えば、スペインのバスク地方の「サンジェルマン・ラ・リヴィエールの貴婦人」は300km離れた場所で狩られた若い雄鹿の歯で作られた装飾品を身に着けていました。他だと、〔イタリア北西部の〕リグリア州の海岸からは、スンギルと同年代の古代期の墓所が発見されており、墓所内には「イル・プリンチペ〔王子〕」と呼ばれている若者も埋葬されていました。「イル・プリンチペ」は、魅惑的な火打ち石、ヘラジカの杖、貝殻と鹿の歯で穴を空けて装飾された華美な冠と一緒に埋葬されていたのです。

グレーバーらが挙げているスンギル以外の証拠は、私にはそこまでたいしたものだと思えない。こういった装飾品を作るのに必要な労働量をプロの考古学者に推定させるのは、良いことかもしれない。しかしながら、スンギルの墓へのアプローチとしては疑問が付く。そもそも、新石器時代以前の社会において、富の陳列が相当量実在していた、との指摘は十二分に周知理解されているのだ。しかも、これは考古学者にとってたいした話ではない。私が話したことがある考古学者の全員が、農業は必ずしも不平等の拡大につながらない点では同意しているからだ。北西部インディアンのような、生産性が高い地域の狩猟採集社会は、富の格差が大きく、奴隷制等の不平等が高い社会を発展させている。

これら〔墳墓の装飾〕同様に興味深いのが、最終氷期大期まで遡っても、記念碑のように巨大な建築物があちこちに存在していた説得的証拠です。このような「記念碑的巨大性」を絶対値〔客観的な数字〕で図ることができる、との考え方は、石器時代の費用をドルやセントで定量化する考え方と同じくらい馬鹿げているのは言うまでもないでしょう。これは相対的概念であり、絶対の尺度的価値であり、絶対の過去認識であり、その時代でのみ意味を持っているのです。更新世には、ギザのピラミッドやローマのコロッセオに匹敵する規模の建築物は存在しなかったでしょう。しかしながら、更新世には、当時の水準において公共事業としか考えられない(洗練されたデザインと感嘆すべき規模での労働の強調を彷彿とさせる)建築物が存在していたのです。そういった建築物の中には、「マンモスの家」と呼ばれている驚くべき建物もありました。「マンモスの家」は、マンモスの牙を骨組みにして皮革を張り巡らせて建てられていました。これまで発掘されたマンモスの家は、例えば15000年前頃まで遡ることができ、現在のクラクフからキエフにまで至る広大な氷河の縁に沿って発見されています。

このパラグラフを読むまでは、私はグレーバー&ウェングローの論考に付き合うつもりが半分はあったのだ。たしかに、彼らは、論敵の見解を藁人形化し、属人攻撃しか行っていない。ただ私は彼らの指摘のいくつかに同意している。例えば、農業の採択は、人類の社会進化に急激な変化を起こさなかったといった指摘だ(もっとも、この考え方は、新石器時代を研究している考古学者のほとんどにとって、新規な考え方ではないのを指摘しておくのは重要だ)。ただ、以上一節によって、グレーバーとウェングローは記念碑的に巨大な愚行を犯してしまっている。

ウィーン自然史博物館にある「記念碑的に巨大な」マンモスの骨小屋の一例(著者撮影)

まず最初に、彼らが、「記念碑的な巨大さ」を測定する発展性を放棄したことだ。私の経験上、定量化の拒否は、自説が否定されるのを見たくない人の最後の避難場所になっていることが多い。それでいて、グレーバー&ウェングローは、必要とあらば、定量化を躊躇っていない。骨折って掘られ磨かれた5000個ビーズは、5個のビースより明らかに、膨大な人的労働力の投資が表されている。(一桁は10倍の変化なので)正確には三桁多い。これは本当に大きな違いだ。

次に、考古学者達は、既に「記念碑的巨大性」を定量化している――問題となっている記念碑的巨大建築物を建てるのに、どのくらいの労力が必要なのかを、人の労働時間単位で数値化しているのだ。人間の労働力は、普遍的なコインである。むろん、人は所々であり(言うまでもなく労働の種類にも応じても)労働の時間当たり価値は様々な変動がある。それでも、諸要素を包括的に計測する方法は存在している。1時間当たりの建築作業量、というのはなかなか良い単位である。重要なのが、異なる文化や、人類の異なる進化期において、労働価値単位には様々に変動することだ。これによって、人類史における様々な歴史的遺跡を建設するのに必要とされている膨大な労働時間の大きな桁数が、場合によっては小さく見えてしまう。〔訳注:技術変化等で労働単位による建築水準が異なってくるので、きちんとした定量化を行わないと、マンモスの小屋を過大評価してしまう等、間違いが生じてしまうことを言いたいのではないかと思われる。〕

私は自著”Ultrasociety(超社会性)”の冒頭で、この件で工夫を行って、人々が協力して建築した目をみはる建造物の規模を解析している。エンパイアステートビル、アミアン大聖堂、エジプトのピラミッド、ギュベクリ・テペ [2]訳注:トルコ南東部にある新石器時代の遺跡。 といった遺跡を観察してみると、社会の規模は遺跡の規模で暗示でき、その社会規模は過去に遡るにつれて小さくなっているのを、私は示している。そして、この規模の変化は何桁もの変化なのだ。例えば、ギザの大ピラミッドを建てるには年次労働単位でおよそ40万人が必要とされていたが、ギュベクリ・テペの寺院を一つ建てるには300人しか必要とされていない(他の有名な遺跡に関しての詳細と労働時間の推定については”Ultrasociety(超社会性)”の第1章を参照してほしい)。この推定の順列に、マンモスの骨の家を加えてみよう。

マンモスの小屋を建てるのに、人間1人で1日以上かかったとは思えない(もちろん、マンモスを狩って屠殺した後だ)。建築に使用したマンモスの山盛りの肉を食べるには(多人数でも)もっと時間がかったに違いない! ギュベクリ・テペで必要だった年次単位300人との労働力の差は、5桁だ(365日×年次労働換算300人=1日単位の労働換算109,500人)。ギュベクリ・テペから、巨大ピラミッドへはさらに3桁の跳躍がある。マンモスの家の記念碑的巨大性が、巨大ピラミッドとほとんど同じであると主張するのは、ハッキリ言って馬鹿げている。

さらに驚かされるのは、トルコ・シリア国境で20年以上前に発掘されたギュベクリ・テペの石造りの寺院です、(後略)。

たしかにギュベクリ・テペがマンモスの家より5桁大きいことには驚かされる。そして事実、ギュベクリ・テペを建てた人達は、農業に従事していなかった。しかしそこからわずか数百キロ離れた地域で既に小麦と大麦の耕作が行われていたのに着目せねばならない。〔訳注:グレーバーらは、ギュベクリ・テペを、農耕が始まる前の大規模建造物と主張している。〕

すると、私たちはこれら全て〔農耕が始まる前に巨大建築物等による高度な社会性が見られたこと〕をどう把握すればよいのでしょうか? 学者によっては、〔農耕が始まる以前は〕平等主義の黄金期だったという考えを完全に放棄し、合理的利己主義と権力の蓄積が人間社会の発展を背後から永続的に動かしていたと結論付ける反応を示しています。しかしながら、これも実際にうまくいっていません。氷河期の社会に制度的不平等があったとの証拠は、豪華な埋葬であろうと、記念碑的に巨大な建造物であろうと、散発的なものを除けば存在していないのです。埋葬は文字通り何世紀にもわたって、何百キロも離れて散発的に発見されています。仮にこの散発性を根拠に、氷河期の社会に不平等が蔓延していたと見なしても、証拠が散発的であることを依然疑問に問わないといけません。こういった氷河期の「王子」が青銅器時代の王子のような行動をとっていたら、要塞や宝物庫や宮殿のようなあらゆる勃興国家の一般的な権力の象徴が発見されていたでしょう。

以上の一節は、最初の彼ら言説と矛盾しているように思えるのだが…。

考古学的な証拠を広く参照すると、このジレンマを解決する鍵が示差されます。鍵とは、有史以前の社会生活には季節性のリズムが存在していたのです。ここまで議論してきた旧石器時代の遺跡のほとんどが、体毛に覆われたマンモス、ステップ地帯の野牛、トナカイ、(ギュベクリ・テペの場合は)ガゼルといった狩猟していた動物の群の移動や、似たような周期性の魚の遡上や、木の実の収穫期に基づいて年次あるいは隔年期間で集住していた証拠と強く関係していたのです。氷河期の祖先たちの極一部は、1年の内で〔収穫が〕あまり有望でない時期には、小さな群で定住して略奪を行っていたのは間違いないでしょう。しかしながら、祖先達の大多数は略奪を行わずに、チェコ共和国ブルノ地方の南、モラヴィア盆地内のドルニー・ヴェストニスで発見されたような「ミクロ都市」に、一時的に一斉集合し、豊富な天然資源で祝宴を楽しみ、複雑な儀式や大掛かりな芸術活動に従事し、彼方遠方領域との鉱物、海の貝殻、動物の毛皮の取引を行っていたのを示している圧倒的な証拠が存在しているのです。こういった季節性で集合遺跡は、西ヨーロッパでも同等のものが存在しており、フランスのペリゴールやスペインのカンタブリア海岸の遺跡もおそらくだったでしょう。これらには、有名な壁画や彫刻があり、〔チェコのドルニー・ヴェストニスと〕同様に、一年ごとの離合集散が生活様式の一環に組み込まれていました。

なぜ、こういった季節性の変動は重要事なのでしょう? それは、人類は原初期から他者を慮りながら、様々な社会の可能性を模索していたのを明らかにしているからなのです。この種の社会は「二重形態」を保持していると、人類学者たちは表現しています。 … 〔二重形態による〕政治的な往来という点で、もっとも印象的なのが、19世紀のアメリカのグレートプレーンズ [3]訳注:ロッキー山脈の東に広がる大草原地帯 で行われていたネイティブアメリカンの部族による季節性の連合習慣でしょう――農業従事者が、時宜に応じて流浪の狩猟生活を採用していたのです。夏の終わりになると、シャイアン族とラコタ族の小規模で非常に流動的な小集団は、バッファロー狩りで兵站拠点を築くために、皆で集まって大規模な集住を行っていました。この時期は、一年の内で最も不安定な時期に当たるため、集住したネイティブ・アメリカン達は、警ら部隊を任命していました。警ら部隊は、〔集住の〕協定を危険にさらした違反者に対して、投獄、鞭打ち、罰金を課す権利などを含む、完全な強制力を行使していました。しかしながら、人類学者のロバート・ローウィが観察したように、この「明白な権威主義」は、厳密なまでの季節性と一時的な原理によって運営されており、狩猟期とそれに続く集団祭事が完了すると、「無政府的」組織へと移行していたのです。

学識は常に前に進むとは限りません。時には、後退することもあるのです。100年前だと、人類学者のほとんどが、主に天然資源を頼って生活していた人々は、小さな「集団」に常に制約されているわけではないことを理解していたのです。こういった〔原始人類は「小さな集団」に制約されていたとの〕考え方は、TVの視聴者や研究者に好まれる原始人類のイメージが、カラハリのブッシュマンとムブディのピグミーになった、1960年代の産物にすぎません。この結果、私たちは、スコットランドの啓蒙主義の伝統とほとんど同じ発達段階論を目にすることになっているのです。例えば、フランシス・フクヤマは、「社会の形態は『小集団』→『部族』→『酋長社会』へと着実に進化し、最終的には我々が今日生息している複雑で階層化された『国家』へと至る。これは通常、『強制力の法的行使』の独占によって規定される」と書いています。しかしながら、このフクヤマの論理に従うなら、シャイアン族やラコタ族は、毎年11月頃に小集団から突如として国家に「進化」し、春には再び「退化」していたことになるでしょう。

またもや〔駄目なアナロジー〕の繰り返しで、嫌になってくる。シャイアン族やラコタ族による晩夏の一時的集住を、複雑で階層化された国家と同一視することは、マンモス小屋と巨大ピラミッドを同一視するのと同じくらい乱暴な情報扱いだ。このような季節性の集住の社会規模は数千人だ。古代エジプトで見られたような、国家として組織された複雑で大規模な社会では、数百万、数千万、あるいはそれ以上の人口を保持していた。これは、3~4桁の違いである。また、このような国家は、中央集権的に組織されている。深い垂直型の4、5、6層以上による管理水準が存在し、その頂点には絶対権力者(王・皇帝・大統領)が鎮座していたのだ。さらに重要なのが、こういった国家は、内在的に専門化された統治管理によって特徴付けられている。つまり、我々は、行政官(官僚)、軍事指導者(将校)、あるいは思想的指導者(司祭)といった専門家を保持しているのだ。シャイアン族の社会にはこのようなものはまったく存在していなかった。グレートプレーンズにいた全アメリカ先住民社会の内、政治的に中央集権化社会に最も近づいたのは、コマンチ族だったが、コマンチ族にも最高指導者はいなかった(コマンチ族の興味深い物語については、ペッカ・ハマライネンの偉大な著書“The Comanche Empire(コマンチ帝国)”を読んでほしい)。〔季節性集住時の〕「強制力の法的行使の独占」に関してもまた、とんでもない拡大解釈だ。グレートプレーンズのアメリカ先住民達の部族秩序は、共同体基盤への強制による、非協力者の統制を目的としていた。実際、小規模社会は、集団化によって、国家規模の社会の秩序より遥かに効果的(そして抑圧的)に個人行動のコントロールが可能となっている。例えば、小さな村の住人は誰であれ〔顔見知りなので〕自己証明が可能なのだ。

シャイアン族の太陽ダンスの集まり(1909年頃)

現代の著述家達は、哲学的な課題を解くためのキャンバスとして、先史時代を使用する傾向があります…。

たしかに、グレーバーとウェングローは、いかにしてイデオロギーが常識を上書きできるかの印象的な実例を提供してくれている。

(前略)真の問題は、「社会的不平等の起源は何なのか?」ではないのです。人類は経験してきた歴史の大半で、様々な政治制度を行きつ戻りつしてきているのです。なので、その行きつ戻りつある歴史を経て「なぜ私たちは袋小路に嵌ってしまったのだろう?」というのが真の問題なのです。「先史時代の社会は私達を縛る制度的な鎖に至ることが運命付けられている」といった概念は、全て荒唐無稽なものにすぎません。フランシス・フクヤマやジャレド・ダイアモンドらの「“複雑な”形態の社会組織はいかなる場合も、必然的に少数のエリートが重要資源を掌握することになり、皆を足元に這いつくばせるに至る」といった陰鬱な預言もまた、全て荒唐無稽です。

ジャレド・ダイアモンドが何と言おうと、「大規模な組織は、必然的な帰結としてトップダウン型の統治構造に至る」との決定的な証拠は全く存在しないのです。ウォルター・シャイデルも然りです。「支配階級が一度でも確立されてしまうと、全面的なカタストロフィ以外では支配階級を排除することができない」というのも端的に真実ではありません。

残念ながら、大規模な人類社会が、階層化以外の方法で組織化されたエビデンスはゼロだ。我々は蟻ではない! (私はこのテーマを「無政府主義的ポピュリズムの妄想」で拡張して扱っている)。

そして、無政府主義的ポピュリズムの原理に基づいて組織された社会運動は、必然的に失敗する。デヴィッド・グレーバーが重要な役割を担ったオキュパイ運動も必然的に失敗している。「オキュパイアー達」は今、どこにいるのだろうか? オキュパイアー達は何か成し遂げたのだろうか? 無である。

一定水準の社会において、ポジティブな変革を持続的に達成する唯一の方法は、政治組織を効果的に経由したものとなる――これは人類においては「指揮系統」を意味している(私は“Ultrasociety”でこの理由を説明している)。むろん、一度、指導者が出現すると、その指導者は、社会的権力を自身の利己的な目的に堕落させる恐ろしい誘惑にかられることになる。これこそ、最初期の中央集権社会が、急速に専制政治になってしまった原因である。しかしながら、その後、文化的集団選択が始まると、最たる専制的社会は淘汰され始め、この結果、規範や制度が進化し、過剰な権力の乱用の悪化が抑制されている。私は、この〔人類史の〕物語を“Ultrasociety”で叙述した。

ここまでの断片の全ては、全く異なる世界史を創るために存在しているのです。その断片のほとんどから、推測を引き出すのに、私たちは本当に沢山の偏見に目がくらんでしまっています。

たしかにそのその通りだ。残念ながら、デヴィット・グレーバーとデヴィッド・ウェングローは、自身のイデオロギー偏向によって目がくらんでしまっている。

もし読者に、伝統的な社会進化のオルタナティブな見解(グレーバー&ウェングローの見解とも違い、彼らが藁人形として叩いているものとも違う見解)に興味がある人がいるなら、“Ultrasociety”を読んで欲しい。私は“Ultrasociety”で、平和で豊かで公正な社会への道筋を説明している。アナーキズムは、そのような道ではない――袋小路だ。

〔訳注:以下コメント欄より、文化人類学者ジーン・E・アンダーソン、文化進化論の創始者ピーター・リチャーソン(ここではピート・リチャーソンと名乗っている)、経済学者ハーバート・ギンタス等の著名人の書き込みや、重要度が高そうなやり取りを中心に訳出している。〕

ジーン・アンダーソン 2019年2月10日午後1時3分:

その通り。私は、いかなる時もULTRASOCIETY(超社会性)を支持するよ。少し前に、グレーバーとウェングローの論説を全部読ませてもらった。2人は、取るに足らないことを大げさに騒ぎ立てている(小規模な社会は、実際にどんな構造でどんな不平等を抱えていたのか? つまるところ、そのまんまだ。構造と不平等があったが、端的にそこまで巨大なものでもなかった、それだけだよ)。グレーバーはいつも意図的に挑発を行っており、それによって釣りをし、挑戦的行為を行っている風だが、正確さから外れた道を邁進している…。グレーバーは、人々に無意味な熟考を強いているのだよ。一方、ピーター、君は、人々を考えさせるに、非常に良い目的に向かわせてるね。

ピーター・ターチン 2019年2月10日

ありがとう、ジーン。

もちろん、小規模社会にも不平等は存在していましたが、最初期の中央集権化された社会や、複雑な首長制度や、古代国家において、不平等が大規模に増加したことを、人はいかにして否定することができるのでしょうね?

ピート・リチャーソン 2019年2月10日午後7時30分:

ピーター。エリノア・オストロム のポリセントリック・ガバナンス(多元的統治)の概念についてどう思いますか? 彼女は初期の研究で、カリフォルニア州における水管理のような「無秩序」なシステムを実例に挙げています。カリフォルニア州では、大企業と中小企業の混合体が、水の供給事業に従事する際、そのほとんどで公的トップダウンによる階層的管理に従っていない様を、彼女は類型に挙げています。このシステムは、非常に効率的に問題の諸解決を調整することができた、とオストロムは説明しています。実際、カリフォルニア州には「特別区」という大綱構想があり、地域レベルの公的機関が、墓地・学校・防火・水・蚊の駆除などの対策を自己組織化しています。このカリフォルニアの一連システムは、財やサービスの供給の問題に関して、非常に効果的であるように思えます。

オストロムの後期の研究では、階層的統治システムが機能しなくなった状況において、村落規模の共同体が、コモンズの問題を時に解決している事例が提示されています。オスマン帝国のような帝国では、軍事防衛やその他いくつかの公的サービスが、〔この村落規模の共同体で〕大規模に組織化され提供されていました。〔帝国では〕宗教組織・都市・民間企業・部族が、社会を動かしていた集団行動のほとんどを組織化していたようです。

インドではカースト制度が、ほとんどの集合行為をジャーティ [4]訳注:カースト制度に基づいた職種分け として段階的に組織化されたことで、国家をほぼ形骸化させた、とよく指摘されています。私の同僚である考古学者ロバート・ベッティンガーは、カリフォルニア〔の先住民社会〕では、人口が増加するにつれて、階層的統治構造は形骸化し、なんらかの秩序を持った無政府主義状態になっていく傾向があると主張しています。このカリフォルニアの無政府状態化していく傾向は、北西海岸部のより階層化していったプロセスとは正反対だ、とベッティンガーは論じています。貨幣や慣習法のような制度は、階層に取って代わることで、進化しています。

もし実現可能な無政府主義形態があるとすればですが、ポリセントリック・ガバナンスや、制度的に秩序化された無政府状態のような概念は検討に値すると私は思います。

エリノア・オストロム, E.(2010) “Beyond markets and states: polycentric governance of complex economic systems.(市場と国家を超えて:ポリセントリック・ガバナンスという複合的経済システム)” American economic review 100(3): 641-672.

ベッティンガー, R.L.(2015) Orderly Anarchy: Sociopolitical Evolution in Aboriginal California(秩序化された無政府状態:カリフォルニア州先住民の社会政治的的進化). Berkeley, University of California Press.

ピーター・ターチン 2019年2月10日 午後11:24

ピート。これは大きな論題ですね。つまるところ、ここで明示化されているのは、公共財を生産する場合、我々はどのような公共財を欲するかに左右されています。生産者と所有者がたくさん存在していて、全てをコントロールする独占者が現実に存在する可能性が無い(または政府が規制で独占を阻止している)場合は、分散型自由市場が答えでしょう。小規模な強力によって、地域の灌漑システムを運営するといった場合は、大きな政府は役に立たないどころが、最悪の事態を招くでしょう(オストロムはこの件について多く書いています)。国防のような事案については、政治形態における全水準レベルでの協力が、間違いなく必要となっています。地球規模の課題に関しては、国際レベルでの協力が必要です。

私にとって「ポリセントリック・ガバナンス(多元的統治)」とは、公共財を生産する際に、どのような性質が必要とされているか、そしてどのような社会規模が必要とされているのかにあり、それに応じて制度形態の組織化が適合された柔軟な制度のことです。

ピーター・ターチン 2019年2月10日午後11時31分

デヴィッド・グレーバーからいくつかレスポンスがありました。もっとも、私の批判要旨に関しては無視を決め込んでいます。
https://twitter.com/Peter_Turchin/status/1094654165270319104
https://twitter.com/Peter_Turchin/status/1094808496724418563

ハーバート・ギンタス 2019年2月11日午前11時23分:

ピーター、私の研究に基づいても、君の論評は、完璧なまでに正しいも同然だと思うよ。

ピーター・ターチン 2019年2月11日午後7時53分:

ハーブ、ありがとう! ツイッター上で意見が割れている様から判断するに、算数がわかる人と、わからない人の間に分水嶺がありますね。

マーシャル・ピース 2019年2月11日午後12時14分:

「このような国家はまた、中央集権的に組織されている。その頂点には絶対権力者(王・皇帝・大統領)が鎮座していた」

“グレーバーら”は、「『国家』(階層的権威主義の指導者、統制された固有の領土)が、近代以前に存在していた」と主張しているようには見えませんがね。グレーバーらは、「人は遠い距離を隔てていても、国家のような協力を多人数で達成することができた」と主張しているように思えます。たしかに、「小屋」を記念碑的巨大性と呼ぶのは拡大解釈でしょう。ただ、バーニング・マン [5] … Continue reading やその他の現代の祭りを参照してみてください。人間は、頻繁に自己組織化を行っています。

ピーター・ターチン 2019年2月11日午後8時5分:

たしかに、人間は頻繁に自己組織している。これに疑問の余地はない。しかしながら、現代の祭りがどのように組織化されているのかを考察すれば、舞台裏には専任のスタッフがいて、全てが滞りなく運営されるように安全に運用されている。単に数千人が集まって自発的に組織化されたからといって、それ〔国家無しで国家のような協力〕が行われたことにならないのだ。組織化には、重労働が必要とされている。

References

References
1 訳注:日本語で読めるイアン・モリスの該当書籍の紹介としては、本サイトの参加訳者の一人でもあるデヴィット・ライス氏が要約を書いている
2 訳注:トルコ南東部にある新石器時代の遺跡。
3 訳注:ロッキー山脈の東に広がる大草原地帯
4 訳注:カースト制度に基づいた職種分け
5 訳注:ネバダ州の砂漠で毎年行われている野外フェスティバル。クライマックスに巨大な人形を燃やすイベントが行われているため、このような名前となっている。1986年に個人がサンフランシスコの海岸で人形を燃やしたことをきっかけに、自発的に人が集まり、大規模な祭りとなった。
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