Charles Manski,”Policy analysis in a post-truth world“, (VOX, 24 December 2016)
政策アウトカムや経済情勢をズバリ予測・推定した値を目にせぬ日は無い; 他方、不確実性の表明は稀である。合衆国における新たな政権の幕開けが間近に迫る現在、これまでの政府政策分析における信用ならぬ確定性 [certitude] もあれよあれよという間に小さな問題に思えてくるだろう – この先我々を待ち受けている事柄を傍らにしては。信用ならぬ確定性を提示する分析であっても、その予測や推定が正しい可能性はあるが、ポスト-トゥルースワールドにおける分析は、明らかに誤った予測と推定を生み出す。
対象とする経済政策変化が如何なるものであれほぼ例外なく、その分析には如何ともし難い不確実性が付き纏っている。アラン・オーエルバッハ [Alan Auerbach] はこう言った: 「多くの場合不確実性はあまりに大きく、同じ人物が、実際に報告した推定値の二倍や半分にあたる数値を大真面目に報告していた可能性もあるほどだ」(Auerbach 1996)。真におっしゃる通り。過去5年に亘り、私は信用ならぬ確定性を提示する経済政策分析の横行を繰り返し批判してきた (Manski 2011a, 2011b, 2013, 2014 2015を参照)。別けても合衆国における政府公式の慣行には具体的な論評を加えている。政策アウトカムや経済情勢をズバリ示した予測値・推定値を目にせぬ日は無いが、不確実性の表明は稀である。ところが、裏付けの無い想定や限定的なデータに依拠した、危うい予測値や推定値もしばしば散見されるのである。したがって、どんぴしゃりの予測や推定を試みていても、そうした確定性に信憑性は無いのだ。
現在合衆国は新たな政権の幕開けを迎えようとしている。その政権を牽引する新たな大統領はというと、どうも事実と虚構を区別する能力ないし意思を欠いているようだ。政府の政策分析にこれまで見られてきた信用ならぬ確定性も、この先我々の前に待ち受ける事柄と比べては、あれよあれよという間に小さな問題と化してしまいそうなことが憂いでならない。信用ならぬ確定性の分析であっても、その予測や推定が正しい可能性はあるが、ポスト–トゥルースワールドにおける分析は、明らかに誤った予測と推定を生み出すのである。
私の懸念を理解して頂く為、先ず現在の慣行に対する私の批判の一部をここで再論しよう。政策アウトカム予測値に検討を加える中で、審議中の法案が孕む連邦債務への含意に関し、議会予算局 [Congressional Budget Office (CBO)] が提出する影響力の有る予測値、所謂『スコア [scores]』に対し注意喚起をしてきた。CBO職員は全身全霊職務に励む公務員であって、連邦法の複雑な変化から来る予算影響を予見することの難しさは十分承知している。ところが合衆国議会はその様なCBOに対し、10年先までの点予測を、不確実性の数値を付さずに立てるよう要請してきたのだった。
経済情勢に係る推定値の検討でも、合衆国経済分析局・労働統計局・国勢局調査局等々の主要連邦統計機関が公表する公式経済統計値の信用ならぬ確定性を確認してきた。こうした機関はGDP成長率・失業率・家計所得などの点推定値を、誤差測定値を併記せずに報告している。機関職員は公式統計値も標本誤差や非標本誤差 [sampling and non-sampling errors] からの悪影響を免れていないことを知悉している。それにもかかわらず、公式統計値の報告に際して、標本誤差測定は時たま、非標本誤差の数量化に至っては全く行わないのが予てからの慣行なのである。
信用ならぬ確定性がこのように常態化した原因の解明に向けた取り組みの過程で、分析者はインセンティブに反応しているのではないかと推理するのが自然だと一経済学者である私は考える様になった。政策画定者や世間の人々の多くが不確実性と向き合うことに抵抗しているので、分析者にも確定性を報告するインセンティブが有る訳である。巷には合衆国大統領リンドン・B.・ジョンソンに自らの予想の不確実性を委細説明しようとした或る経済学者の話が流布している。その経済学者は検討中の数量についてそれが取りそうな値の範囲 [a likely range of values] という形で予測を報告したらしい。それに対するジョンソンの返答は次の様なものだったそうだ: 「牧場 [Ranges] は牛のものだ。数値は1つ、よこしたまえ」
値が取り得る範囲など聞かされたくなかったジョンソン大統領にしても、その経済学者が信憑性ありと考える範囲内にある或る1つの数値、つまり範囲の中心値ならば恐らく聞きたがったと考えて間違いはあるまい。その経済学者もきっとジョンソンの要請をこんな風に解釈し、それに応じたものと予想する。同様に、政府でCBOスコアを弾き出している経済学者たちも一般に、こうしたスコアを以て問題の数量に関する自分達の考えの中心傾向 [central tendency] を表わしているつもりなのだろうと、安心して推理できる。推理を裏付ける経験的証拠は 『予想専門家調査 (Survey of Professional Forecasters)』 で確認できる。これは予想専門家パネルメンバーのGDP成長率およびインフレ率の点推定および確率的予測を開陳したものだが、同データを分析すると、点推定予測値が確率的予測値の平均値ないしメディアン値付近にあるのが通例となっていることが明らかになる。
この先の事を思うと、来るトランプ政権における政策分析実務には不安を抱かざるを得ない。この次期大統領と現実とを繋ぐ関係の希釈性について論じたものは既に相当な数に昇るので、そうした現象の実例をここで私が新たにお見せするには及ぶまい。それに代えて、ルース・マルクス [Ruth Marcus] の明晰かつ恐るべき文章を引用したいと思う。彼女が最近ワシントンポストの定期コラムに執筆した文章は次の様に始まる (Marcus 2016):
「ではお迎えしましょう – 覚悟を決めて – ポストトゥルース大統領時代です。『事実とは如何ともし難いもの』 とは1770年のジョン・アダムスの言葉。ボストン虐殺事件で訴追された英国兵士を弁護してのことです。『故に、我々の願望が何を求めようと、我々の心証が何処に靡こうと、我々の情熱が何を命じようと、事実と証拠の有り様を改めるには能わぬ』。或いは、私達はそう考えていたのでした – 事実など歯牙にもかけず、確認された事実を突きつけてもものともしない或る男を大統領に選出するまでは」
続いてマルクスは、事実を尊重すべきインセンティブがトランプには無いと論ずる。彼女の言葉を引こう:
「ポストトゥルース時代の慣行 – 事実無根の主張に積み重なる事実無根の主張 – がドナルド・トランプにホワイトハウスへの道を切り開いたのです。トランプが事実無根の放言を重ねるほど、よくぞ臆せずありのままの真実 – と、彼らが見る所のもの – を告げてくれたと、支援者はその数を増してゆきました」
新政権の政策分析に対する見解が如何なるものになるかついて、2つの点が危惧される。第一に、公式経済統計の公表を可能にしている定期的データ収集だが、これに充てられている資金が新政権において大幅にカットされるのではないかという点。もう1つは、連邦機関の職員を務める分析者、政治的中立性・誠実性に関して高い評価を得ている彼らに対し、発見事項をともかく大統領の見解に合わせて味付けせよとの圧力が掛かって来るのではないか、という点である。首尾一貫とした政策討議は、党利党略的統治環境のためにもう既に困難になっているのだが、基礎的事実さえも炎と金槌とでどうにでも打ち直せるものとホワイトハウスが見做すに至れば、もはや不可能となろう。
潜在的被害の軽減をめざす1つの建設的な道筋としては、連邦政府の外部に十全の情報に基づく実直な政策アウトカム予測値・経済情勢推定値の提供を行い得る研究センターないし統計機関を設立するというのが在るだろう。恐らく連邦準備理事会や合衆国議会はその為に必要となるものの一部を提供できるはずだが、諸般の非政府組織もその一部を担わねばならなくなると予想する。目下合衆国は必要な制度機構を欠いている。英国の 『財政問題研究会 [Institute for Fiscal Studies]』 などが適当な模範となるだろう。
十全の情報に基づく実直な政策分析の提供をどの様に画策するにせよ、不確実性を直視してこそ我々の生きる社会はいっそう優れたものになると、私は今なお信じている。紛糾を極めた政策討議の多くは、自ら確知せざる事柄を虚心に受け止めようとしない我々の態度がその一端だった。既に真実を知悉している、或いは真実など幾らでも操作し得るかの如く振舞うよりも、我々には学ぶべき事柄が依然として数多く存在するのだと認めてこそ、より良い状況が望み得よう。
参考文献
Auerbach, A (1996), “Dynamic Revenue Estimation”, Journal of Economic Perspectives 10: 141-157.
Engelberg, J, C Manski, and J Williams (2009), “Comparing the Point Predictions and Subjective Probability Distributions of Professional Forecasters”, Journal of Business and Economic Statistics 27: 30-41.
Manski, C (2011a), “Policy Analysis with Incredible Certitude”, The Economic Journal 121: F261-F289.
Manski, C (2011b), “Should official forecasts express uncertainty? The case of the CBO”, 22 November.
Manski, C (2013), Public Policy in an Uncertain World: Analysis and Decisions, Cambridge: Harvard University Press.
Manski, C (2014), “Facing up to uncertainty in official economic statistics”, VoxEU.org, 21 May.
Manski, C (2015), “Communicating Uncertainty in Official Economic Statistics: An Appraisal Fifty Years after Morgenstern”, Journal of Economic Literature 53: 631-653.
Marcus, R (2016), “Welcome to the Post-Truth Presidency,” Washington Post, 2 December.