ピーター・ターチン「ノア・スミスの記事に対するツイッター上でのレスポンス」(2022年8月27日)

私は〔落伍したエリートの〕「不満」を生み出すメインエンジンが「”高まる”期待」であるとするのは誤審だと考えます。この不満は相対的不足ではなく、絶対的不足から生じているのです。

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Posted by Peter Turchin on Saturday, August 27, 2022

〔訳者追記:訳語に修正を加えました。〕

先ほどもツイートしましたが、こちらの記事 [1]邦訳版のリンクはこちら は本当に興味深かったです。ノアは「代理変数 [2]プロキシ、何かを測定する際に代替して用いる観測数値のこと 」、つまりエリートの過剰生産を定量化するのに役立つ変数データを新たにいくつも示してくださいました。以下は私のリアクションになります。

まず本文中における、私の「エリートの過剰生産」の定義がエリートの供給にしか焦点を当てていない、という批判は的外れです。私は自著『不和の時代(Ages of Discord)』で、常に方程式の両辺〔つまり需要と供給の両側面〕を考慮しています。

エリートの過剰生産は常に相対的なものであり、絶対的なものではありません。私の論点は、どのようなプロセスが挫折するエリート志望者を生み出すのか、そして〔エリートの〕供給が需要を大きく上回り出す際に、挫折するエリート志望者の数がいかにして爆発的に増加するのかを理解することにあります。

次に、ノアは院卒の若者の過剰生産にだけフォーカスしていますが、これはこの問題の片方の側面に過ぎません。米国の支配的エリートは(悪名高い「1%」[3]オキュパイ・ウォールストリート運動などで有名になった「99% vs 1%」という表現を念頭に置いたものと思われる の)富裕層と、資格保持者 [4]credentialed-class、credential-class、弁護士やMBAなどのエリート職に必須条件とされるような資格を有する層を指しているものと思われる (ここでは「10%」とします)の連合体であるため、この両者のパイプラインがエリート志望者を生産し、エリート職のポストの供給を上回ることで、〔競争から溢れた〕怒れるエリート志望者が誕生し、その多くが反体制エリートに転向するのです。

資格保持者階級(ここでの「階級」はマルクス主義的な意味、つまり生産関係の話ではなく、単に社会的・経済的特性が似通った人々の集団という意味)に話を戻しますと、私は〔落伍したエリートの〕「不満」を生み出すメインエンジンが「”高まる”期待」であるとするのは誤審だと考えます。この不満は相対的不足ではなく、絶対的不足 [5]原文は’deprivation’であり、当初は「剥奪」と訳しておりました。 から生じているのです。リチャード・イースターリンによれば、子供は親の経済状況で育つことで、望ましい生活のレベルを「刷り込まれる」のだそうです。このことは私には実に信ぴょう性がある話に思えます。つまり、「〔自身の〕高まる期待に応えられないことによる不満」ではなく、「親の成した生活の質〔ウェルビーイング〕に至ることができなかったことによる不満」が正しいのです。何年か前にアテネで「子供たちが親より貧しい生活を送るのはおかしい!」と声を上げた抗議者がいました。問題なのは、増大する資格保持者のセグメントにおいて、幸福健康度の水準が絶対的な意味で低下していることなのです。資格保持者階級と労働者階級(ここでは学士号未満のアメリカ人と定義)の間には”平均して”隔たりが存在するため、この話は奇妙に思えるでしょう。しかしこの”平均”は、資格保持者階級層の内部にある大きな格差を隠しているのです。不平等がエリート層と非エリート層の間だけでなく、エリート層内においても拡大すると、平均は意味を成さなくなる場合があります。このことを、資格保持者階級の最も重要な層の一つである、法学位保持者のケースで説明しましょう。何年か前、私は驚くべき事態が生じていることを発見しました。

1996年から2000年にかけて、アメリカのロースクール卒業生の初任給分布は、典型的な分布(ピークが1つで、右側の裾が重い)からバイモーダルな分布(ピークが2つ)に変化しています。2010年までの変遷は以下の通りです。

画像

しかし、近刊する本の執筆を進めながら最新のデータを確認してみたところ、バイモーダルな分布は消失したどころか「勝ち組」と「負け組」の溝は深まり続けているのです。〔先のグラフの〕左側のピークにあたる人々を負け組とするのは酷ですが、実際問題彼らの大多数は学生ローンを返済できるほどの収入を得ていません。この層こそがまさに挫折したエリート志士たちであり、この集団の一部が成功したエリートに反抗する反体制エリートに転向しているのです。

法学の学位は、言うまでもなく政治的キャリアのスタートには最適な資格です。歴史上多くの革命家が弁護士としての教育を受けていました(ロベスピエール、レーニン、カストロ etc.)。イェール大学のロースクールは特に反エリート達の生産的な供給源なのです。

まとめると、この「バイモーダル〔に位置する〕法学位取得者たち」の例は、法学位取得者全体での平均収入は上昇傾向にあるが、極端な形での不平等により、法学位取得者のうちの大多数が絶対額では下降傾向になっていることを示しています。

これは非常に危険な流れであり、私のモデルが2010年時点で激動の2020年代を予測した理由の一つでもあります。

〔校正協力:WARE_bluefieldkuchinashi74

References

References
1 邦訳版のリンクはこちら
2 プロキシ、何かを測定する際に代替して用いる観測数値のこと
3 オキュパイ・ウォールストリート運動などで有名になった「99% vs 1%」という表現を念頭に置いたものと思われる
4 credentialed-class、credential-class、弁護士やMBAなどのエリート職に必須条件とされるような資格を有する層を指しているものと思われる
5 原文は’deprivation’であり、当初は「剥奪」と訳しておりました。
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