ジョセフ・ヒース「BIPOCは抑圧度のヒエラルキーを示す語ではない:アミラ・エルガワビーのツイートについて」(2023年1月31日)

BIPOCという頭字語を使っている人のほとんどは、犠牲を強いられた度合いの強い順にマイノリティ集団が並べられていると考えている。〔…〕これは結果的に、頭字語の並びをステータス・ヒエラルキーにしてしまう。

〔訳注:このエントリを読むための前提知識である、BIPOCに関するヒースの論説を巡る騒動については、ジョセフ・ヒース「私に対するキャンセル・カルチャーについて:BIPOCとFIVMの詳細」(2021年6月10日)を参照されたい。〕

ずいぶん前のことだが、「グローブ・アンド・メイル」誌に論説を寄稿したところ、ソーシャルメディアで大勢の人々(内容を勘違いしていた人もたくさんいた)が非常に敵対的でバカげたコメントで大騒ぎを起こした。そのうちの1人がアミラ・エルガワビーで、彼女は私の論説から一文を抜き出して、「吐きそうだ」と書いた。ノーマン・スペクター(そして今はジャン・フランソワ・リゼ)を中心とする何人かの人々は、エルガワビーの昇進のタイミングでいつもこのバカげたツイートを人々に思い出させて、彼女の人生をいくらか悲惨なものにしてきた [1] … Continue reading

この状況全体について、私は少し複雑な感情を抱いている。まず、Twitterで偉そうに悪口を呟いたり、ソーシャルメディアで私を罵るのに、私宛にeメールを寄こす勇気のない人に、私はあまりシンパシーを抱いていない。他方で、エルガワビーには少しだけ同情している。彼女は、ほとんどの批判者と同様に、ツイートを投下した時点で私の論説をきちんと読んでいなかったと思われるからだ。エルガワビーが後にツイートを消したのはそのためではないかと私は考えている。彼女は、記事を誤読していたことを悟ったのだ。彼女は、私が実際に書いた内容ではなく、私が言っていると彼女が想像したものに対して、吐きそうになったのである。

スペクターやリゼなどが述べているように、エルガワビーが引用した私の論説の一節(「最後に、カナダにおいて犠牲を強いられた最も人口規模の大きいグループは、イギリスの植民地主義の犠牲になり、武力によって服従させられ連邦に組み込まれたフランス系カナダ人であることに注意するのは重要である」)は、端的に事実である。しかし、エルガワビーはこの文章を文字通りの意味で解釈し、「吐きそうだ」と反応したのだ、とするスペクターらの解釈は、少し思いやりに欠ける。この件で、エルガワビーは、私への他の批判者たちによる罵倒と同じく、誤解に基づいて反応したのだ。なので、多くの人がどのように私の文章を誤読したのかについて、私の考えを少し説明させてほしい。

私の論説の基本的な論点は、カナダ国内の進歩主義的な組織の認識が、アメリカの人種政治に囚われていることを批判することにあった。これの最も顕著な現れが、カナダでマイノリティに関する問題を扱う際に、BIPOC(「黒人、原住民、有色人種」)という頭字語が用いられることだ。私は、イギリスにおいてはBAME(「黒人、アジア人、民族的マイノリティ」)という頭字語が使われると指摘して、なぜカナダに固有の頭字語がないのだろうかと述べた。もちろん、この問いかけに答えるためには、頭字語に含まれるグループを決める基準は何か、順序はどう定めるべきかを決めなければならない。私が示したかったのは、BIPOCのケースで、アメリカにおいて黒人が人口の12%を占める最大のマイノリティ集団である以上、〔頭字語を決める〕基本的な原理は人口統計となっているということである。

さて、この主張は、人々が頭字語の根底にある原理は別のものだと考えていることを想定した上で、ちょっとしたズルを行っている。BIPOCという頭字語を使っている人のほとんどは、犠牲を強いられた度合いの強い順にマイノリティ集団が並べられていると考えている。黒人は最も抑圧されており、次に原住民、そしてその次に、アメリカ人がさしたる配慮をしていない雑多なマイノリティ集団全て、という風に。これは結果的に、頭字語の並びをステータス・ヒエラルキーにしてしまう。しかしもちろん、BIPOCという語はステータス・ヒエラルキーを示していると思う、などとカミングアウトする人はほとんどいない。それはさすがにバカげているし(抑圧を定量化できるだろうか)、(原住民の位置づけを考えてみれば)あり得ないほど物議を醸し出すからだ。それゆえ、BIPOCという頭字語は人口統計的に集団を順序づけているという主張を行うことで、私は暗黙裡に、BIPOCは人口統計的に集団を順序付けていないと反論するようけしかけて、それがどれだけバカがた主張に見えるのかを読者に知らしめようとしたのである。

議論をここまで展開した上で、私は続けて、この人口統計の論理をカナダに適用すれば、FIVM(フランス語話者、原住民、ヴィジブル・マイノリティ [2]訳注:先住民を除く非白人系人種を指すカナダ独自の統計分類。 )という頭字語が作れるだろうとの主張を行った。これは、フランス系カナダ人がカナダにおける最大の人口規模を持つマイノリティ集団であるという観察に基づいている。フランス語話者が黒人(あるいは原住民)よりも虐げられていたとは書いていないが、多くの人はそう書かれていると勘違いした。そうした人々は、この種の頭字語は犠牲度合いのヒエラルキーを示していると考えているので、私がフランス語話者を頭字語の先頭に配置したのを見て、フランス語話者を他のマイノリティ集団よりも優先すべきだと主張していると勘違いしたのだ。

私を信じてもらうしかないが、ソーシャルメディアでのバカ騒ぎに加えて、私はカナダにおける黒人差別を矮小化しているとの糾弾のeメールを何十通も受け取った。批判者たちがどのように私の記事を誤読したのかを理解しなければ、この事態は全く意味不明である(また、多くの人が犠牲化とステータス・ヒエラルキーを同一視しているために、フランス系カナダ人を頭字語の先頭に置いたことで、私がフランス系カナダ人のステータスを押し上げようとしている受け止められたことも注目すべき事実だ。特に多くの人々は、建国以来のフランス系カナダ人が白人であるという事実から、FIVMをむき出しの白人至上主義の一例と考えた)。

以上に基づいて、アミラ・エルガワビーがどのようにして吐き気を催したかについて、彼女の心中を想定して私なりに好意的な解釈をしてみよう。エルガワビーは、ケベック住人を憎んでいたり、ある種の歴史修正主義者だったりするというわけではない。彼女の頭の中では、BIPOCという頭字語は「抑圧オリンピック」の順位を反映したものだとされており、白人男性たるジョセフ・ヒースが他の白人集団を頭字語の先頭に持ってこようとしている記事を読んで、憤慨したのだ(繰り返すが、これはなんでもアメリカの人種政治のレンズを通じて見てしまうことの危険性である!)。不幸なことに彼女は、この記事があえて挑発的に書かれ、内省のできない自身の心理的習癖への再考を迫る内容だった可能性に気づかず、スマホに手を伸ばしてバカげたツイートを投下し、のちに後悔することとなった。

私がカナダ人に対して、マイノリティ集団に関するあらゆる対立を人種の観点からフレーミングするアメリカ人の悪癖を避けるように促すのは、社会における最も重要な抑圧と不平等を曖昧化させるリスクがあるからだ。この騒動は、そのリスクを皮肉にも示してしまっている。アメリカにおけるイスラム教徒の主な不満は、国勢調査の用紙(そして大学の願書)で白人の欄にチェックを入れる以外選択肢がなく、それゆえ〔イスラム教徒という属性に関する〕表明・代表性や差別についての具体的な懸念をほとんど記録できなくなっていることである。カナダの伝統的な多文化主義の概念枠組みは、多元主義の運営において良い実績を残してきただけでなく、(広義の)民族が集団間の差異を示す最も重要な要素となっている社会の現実に適した語彙を提供してもきた [3] … Continue reading

About that time I made Amira Elghawaby puke
Posted by Joseph Heath on January 31, 2023

References

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1 訳注:エルガワビーはカナダのジャーナリスト・人権活動家で、2023年に入ってカナダのイスラム嫌悪対策委員に任命されたが、このことを受けて、エルガワビーはケベック州に敵対的だとしてSNS上などで反発が起きており、本エントリもこの騒動に応答する形で書かれたものと思われる。
2 訳注:先住民を除く非白人系人種を指すカナダ独自の統計分類。
3 訳注:アメリカに倣って人種の観点からマイノリティ集団に関する問題をフレーミングすると、民族(エスニシティ)間の差異や対立が無視されてしまうが、多文化主義はそれをうまく記述できる、との意と思われる。
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